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第78話

 雨の中、傘が差し出された。  でも、そんなものはどうでも良かった。  霞むような雨の中、アイツがここに立ってくれていることだけが俺には意味があった。  傘を受け取ろうとしない俺の手にアイツは無理やり傘を握らせた。   アイツの手が触れたから、抱きしめてしまいたかったのだけど、もうあんなに怒らせなくなかったか ら俺は見つめるだけにして、動かなかった。   「ごめん」  俺はアイツに行ってほしくなくて、ふるえる声て謝った。  あんなに怒るとは思わなかった。  だって、あんなに感じてただろ。  オレンジがかった綺麗な瞳が、疑わしそうに俺を見る。  怒っている。  まだ怒っている。  「僕の好きなものとか知ってますか?」  突然尋ねられる。  困る。  好きな体位と弱い場所なら知っているけれど、さすがにそれを言えばもっと怒らせる位の分別は俺にもあった。  「僕もあなたが何が好きなのか知らない」  お前だ。  俺が好きなのはお前だけだ。  俺は心の中で叫ぶが、声には出さない。  「僕達はお互いのことを何も知らない 。それに正直に言えば、僕はあなたのことが好きなのかもわからない」  あんな風に身体重ねてきて、あんなに俺の手で乱れておいてそれはないだろう。  これはかなり俺にはショックな言葉だった。  「あなたとすることは、気持ちがいい、それは間違いありません」  真っ赤な顔して言うのが、可愛い。  気持ちいい、そんなもんではないだろう。  嘘つき。  でも、何も言わない。  怒らせたくない。  嫌われたくない。    誰かにこんな風に思ったことなど一度もなかった。  「僕はずっと諦めて生きてきた。ずっとなぶり殺されるために生きてきた。快楽と恐怖の中、死ぬために育てられてきた。皆の犠牲になるために」  俺はアイツの言いたいことが少し分かり始めてきた。  「俺が邪魔か?自由に生きるためには」  俺はかすれる声で言った。  コイツの望みは生きることだ。  その意志で、自由自在に生きることだ。  「あなたが今みたいに僕を扱うのなら」  コイツは強い眼差しを俺に向けた。  神殺し。  コイツは自由になるために神まで殺した。  教授がコイツから聞き出したところ、それは沢山の過去の花嫁達を殺すのと同じことであって、コイツが行ったことは俺の想像を超える。  「僕は、町を殺し、神を殺し、花嫁達を殺して生きることを選んだ。そこまでしたのに、あなたの愛玩道具にはなれない」  俺は違うと叫んで抱きしめたかった。  唇をふさいで黙らせたかった。  でも、そのやり方ではダメだと学んだから、ただ言った。  「愛しているんだ」  お前以外には絶対に言わない言葉だ。  アイツが真っ赤になる。  「僕を良く知らないのに」  それでもアイツが言い返した。

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