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恋人2
家まで送られる車も、彼には良く分からないカッコイイ車で。
彼は戸惑う。
ただ、彼と男は住む世界が違う、そう思った。
男は上機嫌だった。
男は歌いながら運転していた。
男の歌声は素敵だった。
少しかすれた低音で、やはり色のない光だった。
彼も少し歌った。
でも、彼が歌うと男が止めてしまうので、彼は歌うのをやめて、男に歌うようにせがんだ。
「君の歌の方がスゴイのに」
男は照れたように笑った。
「あなたの歌が好き」
彼は正直に言った。
何故か男が真っ赤になった。
彼にはその意味が良くわからなかった。
男は優しくて、助手席に彼を載せる時もシートベルトまでつけてやり、降りる時はドアまで開けてくれた。
「次はいつ休み?」
別れ際、聞かれた。
「本当は仕事終わった後でも会いたいけど・・・君も色々納得する時間がいるでしょう」
男の言葉に首を傾げる。
何を納得しろと。
「君と僕が恋人だってこと」
髪を撫でて囁かれた。
納得も何も、そんなの知らない。
勝手に男が言っているだけだ。
彼は真っ赤になってブンブン首を振った。
「次の休みを教えてくれなかったら、ここでキスするけど?」
男に顎を掴まれて今度は真っ青になった。
こんな、団地の前の人が多いとこで・・・。
彼は男に休みを教えてしまった。
4日後。
迎えに来る約束までされてしまい、呆然としたまま去っていく男の車を見送った。
違う。
コレは違う。
こういうのはオレじゃない。
彼は途方にくれた。
今日の現場は二人で行くところでありがたかった。
とても、いつもの通りには動けない。
「で、どうだったんだよ」
会社の倉庫で準備を始めた瞬間、同僚が言った。
「あの学校で・・・ヤったわけ?」
彼は真っ赤になった。
練習室でのことを思い出してしまったのだ。
「おおっ!・・・ヤったんだな、それは」
顔は隠してあるけれど、付き合いの長い同僚は、首筋などの赤さから彼の感情を読み取る。
「おっ?」
同僚は目ざとく、でも触られるのが苦手な彼のことを配慮しながら、作業服の襟をつまみ、そこを見た。
くっきりとつけられた、歯形。
「すげぇ、情熱的だな、彼女」
同僚はうらやましそうに言った。
彼はますます真っ赤になった。
歯形だけじゃない。
家に帰り冷静になり、服を仕事に行くために着替えたら、身体中に吸われた痕があって困惑した。
「で?・・・一回で終わりなの?」
興味津々で同僚が聞いてくる。
彼は悩んだすえ首を振った。
少なくとも、次の休みに会う。
「おおおおおっ!良かったな!」
同僚は笑った。
「お前に彼女が出来るとは・・・オレも頑張ろう」
同僚の言葉に彼は複雑な表情をする。
「どうした、書いてみろ」
同僚に言われてLINEに打ち込む。
「好きとかそういうの、分からないんだ。向こうに振り回されているだけだし」
彼は書く。
「とりあえず付き合ってみれば?しばらく様子見で。お前、好きとか嫌いとか理解するの時間かかりそうだし。身体から始まる恋もあるらしいぞ。オレは知らないけど」
無責任な同僚の言葉。
でも、少し気が楽になる。
恋人って言われて怖かったからだ。
ちょっと付き合う位のノリなのかもしれない。
もう、身体には触らせない。
怖かったから。
でも、恋人って言葉にそれほど怖がらなくてもいいのかも知れない。
ちょっと怖かった。
あの人が欲しがっているみたいで。
彼の身体も心も、全部。
変な話だか、様子見と言われて、少し彼は安心した。
男からももう無茶はしないと言われたし。
そう、それに男のピアノはとても好きだ。
「様子みてみる」
彼は書いて頷いた。
「無理はしないって言った・・・」
彼は喘ぐ。
「うん、だからキスだけ。それとちょっと触るだけ」
男はそう言いなから胸を弄る。
滑らかな胸を服の下に手を入れて撫であげ、指でそこにある突起を摘まむ。
「ああっ」
彼はまた泣いてしまう。
「本当にコレ以上はしないから、泣かないで」
宥めるように言われるが、男の指は執拗で、触れられる度に身体が震えるのを止められない。
キスされる。
甘やかすように。
あの人の舌は優しく彼の舌を絡め取り、溶かしていく。
でも、胸への刺激は、彼の下半身へ熱を貯める。
撫でられ、押しつぶされ、コリコリと回され、そこが立ち上がっていくのがわかって辛い。
それに、もっと・・・そう、舌とか、唇とか歯がそこを刺激してくれたら、なんて思ってしまった。
「会いたかった」
囁かれる。
唇が離される度、愛を囁かれる。
4日前に別れたばかりなのに。
こらえきれないように抱きしめられる。
仕事終わりの朝方に、迎えに来られて、車で出かけて数分後、人気のないところで車が止められ、運転席まで抱き寄せられ、キスされた。
そこからこうなった。
「泣かないで・・・」
涙を舐めとられ、瞼や頬にキスされる。
そんなことより、その手を止めて欲しかった。
胸から腹まで撫でられ、際どい下半身のギリギリまで撫でられている。
「お願いやめて・・・」
頼むと手が止まった。
でも、顔が覗き込まれた。
「本当にいいの?やめて」
男はキスの距離で囁く。
やんわりと、立ち上がってきているそこに触れられた。
「苦しくない?」
やわやわと触りながら言う。
明確な刺激は与えられない。
「君が嫌ならしない」
男は薄く笑う。
意地悪だ、そう彼は思った。
「して欲しければ言って。どこまでならして欲しい?」
男の指が胸を甘く摘まんだ。
彼は吐息を漏らす。
じらすように撫でられ、浅いキスが繰り返され、とうとう負けたのは彼だった。
「挿れたり、口でするのは無しで・・・」
小さな声で彼は言った。
慣れない快楽におかしくなっていた。
「うん。じゃあ、何して欲しい?」
嬉しそうに男は言った。
浅い浅い愛撫。
物足りない。
「言って?」
優しく意地悪に男は言う。
言わないと与えられないことを彼は悟り、絶望する。
「胸を舐めて欲しい・・・」
小さな声で言った。
「それから?」
男は嬉しそうだ。
「出したい・・・」
彼は真っ赤な顔で言った。
「・・・可愛い」
男はため息をついて、彼のシャツをまくり上げた。
舌が乳首に這わされた。
「あっ」
彼は小さく喘ぐ。
音を立てて吸われた。
気持ちいい。
初めて明確にそう彼は思った。
気がつけば、男の頭を抱えていた。
自分の胸に押し付けるように。
男が低い声で笑った。
恥ずかしかった。
「ホント、可愛い。いいよ、もっとしてあげる。胸好きなんだね」
甘く噛まれ、彼は男の髪の間に、さしこんだ指を強く立ててしまった。
「・・・あっ」
良かった。
気持ち良かった。
認めてしまったらそこを弄られるのがよくて・・・。
でも、下半身に溜まった熱が辛くて。
自分の指が下半身に伸びた。
「だめ・・・僕がする」
優しく禁じられた。
「それに・・・胸だけでイってみようよ。好きでしょ、ここ」
チュッ
チュッ
軽く吸われて、噛まれる。
「ああっ」
彼は喘ぐ。
「気持ちいい?」
尋ねられ、頷く。
「ちゃんと言って」
男にねだられる
「いい、気持ちいい・・・」
彼は熱に浮かされたように呟く。
「可愛い過ぎるでしょ、コレ・・・でも服汚したら嫌でしょ、脱いでおこうか」
狭い運転席で器用に彼のズボンと下着を男は脱がしてしまった。
「車汚れる・・・」
彼が気にする。
その辺は気になる。
気になってしまうのだ。
「大丈夫、ちゃんとするから」
何をちゃんとするのかわからなかった。
胸をひたすら弄られた。
吸われるのも、弾かれるのも、押しつぶされるのも、舌で転がされるのも全部気持ち良かった。
一つ一つ気持ちいいのか確認され、「気持ちいい」と言わされた。
ガチガチに立ち上がったそれは限界だった。
「出る、出ちゃう」
彼は叫んだ。
男は抱きかかえるようにして彼の胸を弄っていたけれど、身体を入れ替え彼を運転席に座らせた。
そして、男は膝を付き、彼のモノを咥えた。
彼は驚いておしのけようとした。
確かに彼も男のモノを咥えた。
でも、咥えられるなんて。
真っ赤になって抵抗しようとする彼を上目遣いで見上げ、男は笑った。
唇で扱かれ、舐められた。
彼は予想もしなかった快楽に悲鳴をあげた。
いやらしい舌の動きや唇の感触に翻弄された。
張り詰め限界だったそれは簡単にはじけた。
「ああっ」
彼は放ってしまってから慌てた、
人の口の中になんてことを。
自分もされたことはその時には記憶が飛んでしまっていた。
ゴクリ
男に飲まれた。
その上男はさらに搾り取るように舐めた。
彼も飲んだことがあるのでわかる。
あんなひどい味のものを。
「お水・・・お水・・・!」
彼は慌てて車のカップホルダーにあった水を男に渡した。
自分がそうしてもらったから。
男は微笑んだ。
「美味しいよ」
そんな訳がない。
彼は首をふる。
男は笑って彼にキスをした。
キスは彼の出したモノの味がして、彼は顔をしかめて、慌てて水を飲んだ。
やはり酷い味だった。
男は楽しそうに笑う。
彼は気になってしまった。
彼は気持ち良かった。
一方的に始められたけれど、気持ち良かったし、出したからスッキリしている。
でも、男は?
辛そうに張り詰めたズボンの前。
「・・・あなたはいいの?」
彼は聞いた。
男は彼の髪を撫でた。
「君に触れてたからいい」
その言葉に彼は悩んだ。
悩んだ。
「挿れたり、口でするんじゃなければいいよ」
真っ赤になって言ってみた。
男の反応は速すぎた気がする。
まるでそういうのがわかっていたかのように。
あっという間に座席は限界まで倒され、のしかかられた。
男はズボンを下ろして自分のモノを取り出した。
大きい。
彼はやはり息を呑む。
「一緒にこすっていい?」
男は返事を聞く前にそうしていた。
彼のモノと合わせて擦り始める。
「いいってまだ言ってない・・・」
彼は訴えたけど、男はキスしてごまかした。
ゴリゴリと固いそれがすれるのは気持ち良くて、キスされるのが気持ちよくて、彼はまた男と一緒に、イってしまった。
手際よく出されたモノがウェトティッシュで拭かれる。
汚さないで済んだことに彼はホッとしながらも、彼は自分がどういう状況にあるのか悩んでいた。
「・・・それでこれからどうするの?」
男に連れ出されていながら、どうされるのかが彼には全くわかっていなかった。
「・・・取りあえず、寝よう。今日はこれ以上は本当にしない。僕の家でお風呂に入って、一緒に寝る。恋人らしいでしょ?お腹すいてない?」
男の言葉に彼は首をふる。
「そして、明日お出かけしよう。恋人らしく」
男は彼に服を着せながら言った。
自分で着れるのにさせてもらえない。
「恋人・・・」
彼は途方にくれたように呟く。
「そう、・・・恋人だよ。ゴメンね、車の中でしちゃって。家まで待てなかったから」
男は優しいキスをした。
恋人らしいキスだった。
彼はひたすら途方にくれた。
彼には恋人がどんなものかわからない。
彼が生まれてから母には恋人がいなかった。
でも、自分が生まれる前に母に恋人がいたから自分が生まれたことは分かっている。
母は恋人を見限ったのだ、と彼は聞いている。
「私だけじゃなかったのよ・・・それが分かった時にはお腹にお前がいた」
ありがちな不幸話。
でもそこから母は愛をこめて語った。
「お前は私の子だと思ったわ。私のために生まれて来てくれるんだって。だから、恋人とは離れられた。だってお前はお腹にいた時から私を、ただ一人の私として愛してくれているのが分かったから」
彼は思う。
生まれてきたのがオレでも?
出来損ないで、口もろくに聞けない、学校にもマトモに行けなかったオレでも?
母は言う。
「確かにお前は人とは違う。でもね、私に世界の違う美しさを教えてくれたのはお前なのよ。お前が私の子供だったから、私は世界の違う面を見れたの」
音の奇跡のような美しさ。
子供は歌を解きほぐすように理解し、歌った。
母は知る。
こんなにも音楽とは美しいもので、こんなにも夢中になれるものなのね。
子供がじっと見つめる、カーテンから覗く夜空にそれでも星があることも母は知る。
子供は敏感すぎて、触れられることも拒んだけれど、敏感だからこそ、母の心を思いやっていた。
母の好きだと言っていた花がそっとテーブルに差されていたり、
疲れた母のために子供は優しく歌ったり。
子供でできることは少なかったけれど、出来ることの全部を母のために子供は向けていた。
「お前は自分だけを愛してくれる人を恋人にしなさいね。お前だけを愛してくれる優しい恋人を見つけなさい」
母はそう言った。
彼がいることが幸せなのだと伝えるために。
でも、彼には恋がわからなくて。
恋人など出来るとも思えなくて。
なのに突然現れた自称恋人に彼は戸惑ってしまう。
この人は母の言うように、「自分だけを愛してくれる」恋人なのだろうか。
彼は悩んでいた。
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