15 / 75

挑戦1

 男のすることは早かった。  さっさと高級マンションを引き払い、彼のところに転がりこんできた。  「一緒に住む方が家賃折半出来るでしょ」    経済的だと。  なんなら家賃は全部自分が払うと男は言ったけれど、彼は断った。  元々母と二人で住んでいたけれど、あんな沢山部屋のあるところから、二部屋とリビングの団地に男が住むのは申し訳ない気がした。  彼のために男は今までの生活を捨ててきたのだ。  「家がなくて、人の家渡り歩いて生きてたこともあるんだから、大丈夫だよ」  男は笑う。  「好きな子と暮らすのは初めて。嬉しい」  抱きしめられた。  男は家財道具や服などもほとんど処分してしまった。  「ピアノ・・・」  彼は呟く。  団地には持って来れなかった。  「ああ、そうだね。でも大丈夫、聞かせてあげるから、どこかで借りて。それに・・・またピアノが借りれる部屋になれるまで頑張るよ」  男が持って来たのはキーボードだけだった。  これならヘッドフォンも使えるからだ。  ピアノの音に比べると、物足りないけれど、それでも男が作る音楽はとても綺麗な光だった。    知り合いの店でピアノを弾いたり、専門学校の学生だった子達の個人レッスンをしたり、男はそういう風に働き始めた。  仕事はあるらしい。  彼は気になる。  ずっと音楽を作っていたのに、それが今まで通り出来なくなってつらくないかと。  「君だって、君こそが音楽そのものなのに、音楽とは全然違う仕事してる」  男は真剣な顔で言った。  彼は真っ赤になる。  男の自分の歌への評価は過大評価なのではといつも思っていて。  人前で歌われない歌にどれだけの価値があるのだろう、彼は思う。  男の音楽は、人々の間に響くものなのだ。  「作りたいモノはある。今度こそ。本当に作りたいモノを作る」  男はきっぱりと言った。  もう、誰かに触らせない。  美しいものを作る。  自分の納得の行く美しいものを。  「あんなの。最初から間違いだったんだよ」  男は彼を抱きしめる。  やっとマトモに歩けた気がした。  「ごめんね、心配かけて」  男の言葉に彼は何度も首を振る。   おずおずと唇か彼から重ねられる。  男は目を細め、その唇を味わう。   彼は自分からも、好意を伝えてくれるようになってきてくれている。  昨夜は、彼から手を伸ばしてきた。  まあ、そう仕向けるために数日、キスやハグ以外はしなかったのは男なのだが。  真っ赤な顔で、どう誘えばいいのかわからなくてそっとベッドの中で抱きついてきた。  でも、わざと優しく背中を撫でるだけにしていたら、焦れてしまって、でも言えなくて、腕の中でもぞもぞしていて。  精一杯頑張って、キスしてきた。  でも、キスだけを返していたら、余計に身体の熱が煽られてしまったのか苦しそうで。  その表情を堪能していることは、表情には出さないでいたら、何か言おうとした。  でも恥ずかしくて言えなくて、真っ赤になって・・・。     そこから悶え続けていた彼が、男の下着の中に指を入れてきた時にはもう・・・可愛すぎて死ねると思った。  臨戦態勢のそれに触れた瞬間、彼は意地悪されていたことに気付き、さらに赤くなって、手を引いたけど、許さなかった。   「したかったんでしょ?」  と上に乗せて、自分で動くことを要求してみたりして・・・。  可愛かった。  「自分で挿れて、自分で動いて。出来るでしょ?」  真っ赤になった彼が、羞恥に震えながら、男のモノを自分の穴に当てて、ゆっくりそれをそこに飲み込ませていくも、必死でいいところに当てようと、動くのも、淫らすぎて・・・良かった。  結局、我慢出来なくなって、下から突き上げてしまったけれど。  毎日毎日、いやらしく、可愛くなっていく彼が、男は愛しくて仕方なかった。  忘れてはいない。   男は忘れない。  アイツが自分に何をしたのかを。  犯されたことじゃない。  もっと酷いことだ。  「これは僕が作ったものとは違う!」  男は怒鳴った。  男、いや、まだ少年だった  確かに9割は彼の作った通りだった。  でも変えられていた。  彼の書いたスコアとは違った。  「クラッシックじゃないんだ、アレンジするさ」  アイツは話さえ聞こうとしない。  少年は激怒する。  音楽は建築物と同じだ。  バランスと計算だ。  美しいものを作るためには考え抜いて積み上げていかなければならないものだ。  音楽は理論がある。  音楽は数学と似ている。  でも、これではだめだ。  意味がなくなる。  「こんなのだめだ!」  少年は叫んでだ。  これは僕の曲じゃない。  「僕は降りる!」  やってられるか。  出て行こうとする。  腕をつかまれ、ひきよせられた。  スタッフ達は始まれば、消える。  少年の意志は誰も気にしない。  アイツは怒り狂う少年を、簡単におさえつける。  服を破いてでも脱がす。  それでも暴れる少年を抑えつけ、男は囁いた。  「・・・いいよ、じゃあおまえの言う通りにしよう、ならいいか?」  少年は少し気分を直した。  身体の力を抜いた。  男がそこを入れるため、脚を押し広げ、尻を割り、舐めるのも許す。    二人以外消えたスタジオで、少年は存分に声を上げる。    「あっ、いい、もっと・・・」  少年は自分で自分の前も扱きはじめる。   男は薄く笑って、少年のそこに乱暴に自分のモノを突き立てた。  少年は声を上げた。  最初は痛みの声、そして、乱暴な行為さえ楽しむ嬌声を。    「おまえが望む通りにしてやるよ・・・俺はお前が可愛いからな」  男は真面目な顔で言った。  首筋を吸い上げ、胸を吸い上げ、赤い印をつけながら。  「はっ、良く言うよ!」  少年はあきれたように笑った。  怒りや軽蔑も、性欲に変えれば盛り上がった。  そして、自ら腰を動かし、快楽を味わった。  男は食い入るように、その姿を見ていた。  男は分かっていてそうしたのだ。  少年が思う通りに作ったものは、たいして売れなかった。  巨額の金、沢山の人間の苦労がムダになるのを男は少年に見せつけた。  打ちひしがれた少年にあの男は囁いた。    打ちのめすのが男の目的だった。  今ならわかる。     最初からあんな大規模な企画をさせること自体が罠だったのだ。  無名の新人に。  「お前のままでは売れないんだよ・・・俺の名前と、俺がアレンジしてやっと売れるんだよ・・・お前、才能あるよ?俺が使ってやるよ」     彼から自信と名前を引き剥がすための。  そして、近くに繋いで抱くための。  少年はあの男の思う通りになった。    僕のままでは・・・。  ダメ・・・。  少年は打ちひしがれた。  服を乱暴に剥ぎ取られ、押さえつけられるように組み敷かれても、少年は大人しいままだった。  乱暴で、淫らな指が強引にそこを解しても、苦痛のように挿入が始まっても、少年は大人しく身を任せていた。  かすかな喘ぎは、イかされた時だけ高くなったけれど。  敗北した日だった。  でも、音楽をする以外のことは思いつかず・・・。    言われるがまま曲を作り、あの男に、たまに抱かれ続けた。    少年が大人になり、背が伸び、もう中性的な容姿ではなくなっても、あの男は飽くことなく抱き続けたのは予想外だったけれど。    「・・・君のおかげだ。君が僕の作った曲の方がいいと言ってくれたから」  男は彼を抱きしめながら囁く。  あの男の呪縛を破ってくれたのは、彼だった。  男は、自分の音楽も取り戻したのだ。  「僕は僕の音楽でやっていくよ」  男の言葉に彼は笑った。  彼は男の音楽が大好きだったから。  「ねぇ、僕のために歌って?」  男は囁いた。  「僕だけのために」    彼は小さな部屋で、男のためだけに歌った。  昼間だから、声を気にすることなく。  それは男が作った流行歌で、でも、世間に広まったアレンジされたものではなく、男が作ったままの形の歌だった。  一度だけ聞いたそれを、彼は覚えていたのだ。  光が築き上げる、建築物。  シンプルな形は、完璧なバランスで出来上がっていた。  それは痛みさえ感じる美しさがあった。  美しかった。  そして、彼の声が歌が。     それらを深く広く解放していった。  そこには隠そうともしない男への愛があった。  「・・・すげぇ告白されちゃった。・・・僕、君と出会ってから何度も、もう死んでもいいと思ってしまってるんだよね。幸せすぎて」  男は彼に歌が終わった後、心の底から呟いた。  口下手の男の恋人は、ただ赤面するだけだった。  彼は正規の音楽教育を受けたことはない。  音楽業界のことも知らない。  だから、男がしていることは正直わからなかった。  彼は歌う「だけ」だ。  だから、男の話を聞いても良くわからなかったのだけど、男が何かを始めたことは分かった。  「・・・ミュージカルとライブの中間みたいなものでね、おもしろいものになると思ってる」  専門学校の生徒や、知人を集めて始めたらしい。  「まあ、アマチュアばかりだし、発表会みたいなモノだけど。でも僕の音楽だ、これは」  男はお金にはならないんだけどね、赤字にはしたくないんだよね、等と言いながらアチコチ走りまわっていた。    こうなると、彼に出来ることは何もなくて。  男の為になんの役にも立てないのが少し悲しかった。  「・・・あのね、君がいなければ何も始まらなかったんだよ、何言ってるの」  男は笑う。    プロを使ったステージが出来ないのはあの男のせいだ。  あの男は、男が去ったことを許してはいなかった。  激怒し、その影響力を使い、彼と仕事をしたいと思うプロをいないようにした。  でも男は構わなかった。  僕が作り出すモノが本物なら。  小さなステージで、しかも、アマチュアしか使えないとしても。  僕はやれるはずた。  男はそう信じていた。  でも、何か、何か、武器が欲しい。  一瞬、彼にステージで歌ってもらいたい・・・そう思った。  でもすぐその考え方はすてた。  彼はステージに立つことなど望まないことが、わかっていたからだし、彼の歌を人に聞かせることに嫉妬したからだ。  僕だけの歌。  僕のだ。  あの髪も目も唇も舌も。  指も肌も、あそこも。  淫らな穴も。  僕のだ。  その所有欲はおさえられなかった。    だけどステージのために何かが欲しかった。  アマチュアだけで善戦するのには限界があった。  そして、そんな時、その女がやって来たのだった。  美しい女。  そして、蜘蛛のような女。    

ともだちにシェアしよう!