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挑戦2

 「で、お前『恋人』とは上手くいってるの?」  同僚が聞く。  彼は頷く。   また二人でビルの窓拭きをするための準備だ。  倉庫から道具を車に積む。  恋人と暮らすことになったと告げた時は、同僚は動揺した。  「ええっ、あの他にも相手がいたって女?」  コクリと頷いたのは、説明が面倒だったからだ。  男だと言えば、色々聞かれる。  「二股だったんだろ?」  同僚の言葉に彼はLINEを打つ。  「別れて、オレを選んでくれた」  同僚は悩む。  ものすごい悩んでいる。  「・・・その、その子、ものすごい顔が良かったりする?」  同僚は聞く。  彼は悩む。  顔の美醜は彼にはわからない。  つまり、彼は自分が美しいこともわからない。  悩む彼に同僚は違う解釈をする。   「そうでもないと・・・。優しいか?」  同僚は聞く。  彼はブンブン頷く。  「でも、平然と二股出来るタマだしなぁ・・・じゃあ大事なことだ。・・・セックスはいいか?」  同僚は真剣に聞いた。  彼は真っ赤になった。   そして、男の指や舌やアソコを思い浮かべてしまって顔を覆った。  「・・・なる程。いいわけね。それは別れられないなぁ」  そう同僚は納得してくれてたのだが。  最近、ちょっと心配になったらしい。  友人と呼べそうな存在は彼にはこの同僚しかいないのだが、同僚の方も彼のことをそれなりに気にかけてくれているようだった。  「・・・でもな、お前忘れるなよ。お前のことが、大好きで優しくて、セックスが最高なのは、多分最初から同じだろ。二股してた時も」  恋人に彼がまた傷つけられる可能性を思い付き、彼が無防備すぎるんじゃないかと心配になったらしい。   「・・・だからまた、お前が大好きでお前に優しくて、セックスも最高でも、また二股されるかも・・・ああっ落ち込むな!もしも、の話だ。全面的に信じて傷付くお前が見たくないから言ってみただけだ」  同僚の言葉に落ち込んだ彼に、同僚が焦りまくる。  ないと思う。    オレだけのモノだって言ってくれたし。  でも、へこんだ。  この先ないとしても、過去、確かに男はそうだったことを思い出したから。  実は思い出したらそこは凹む。   あの人と寝た次の日の午後に、彼と平然と会う約束をしていたわけで男は。  「余計なこと言ったな、ゴメン」    同僚が謝る。  「でもオレも、めっちゃセックス上手い超積極的で、めちゃくちゃ優しい彼女欲しい、美人じゃなくてもいい」  ブツブツ言っていた。    少し落ち込んで、その日彼は風に揺られながら作業しているのに、珍しく歌わなかった。    そして、  「スゴイ子見つけた!」  男が嬉しそうに言ったのだった。  「まだアマチュアレベルだけど、イケる。あと3ヶ月ある、イケる。来週から練習に入ればイケる」  男は舞い上がっていた。  彼はいつものように彼の胸にもたれるようにして話を聞いている。  夜勤が多い彼と、時間が不規則な男とは最近すれ違いが増えてきた。  でも一緒に入れる時は少しでもくっついていようとする男が彼は嬉しい。  「綺麗な子だしね、彼女がメインでいけば間違いなくステージが変わる」  男は嬉しそうだ。    脚本、演出、作曲、ほぼ男一人でやっているらしく、男の疲労は限界寸前で、さすがに彼を抱くことさえ出来ないことも増えてきたし、帰ってこない日もある。  でも、帰ってきて、時間があれば絶対彼にひっついて、抱きしめて手離さない。  「良かったね」  彼は男が上手くいきそうだという言葉に嬉しくなる。  「うん。少しでもいいものが作りたい」    男は微笑んだ。    でも、疲れていて。  さっきまで部屋で必死でスコアを書いていた。  昨日も少ししか帰って来なかった。  寝てないのだろう。  「もう寝て・・・」    彼は囁く。     男は頷く。  彼の首筋を噛み吸う。    「・・・あっ」   数日ぶりの感覚に彼は震える。  でも、これはマーキングだけなのはわかっている。  男の目はもう開いていない。「君を抱きたい・・・でも、眠すぎる。僕が寝てる間に君が僕の身体をつかってセックスしていてくれない?」  結構本気で男が言っている。  彼は笑う。  「寝ててもいいから、君としたい」  ブツブツ言いながら、男は彼を抱きしめたままベッドに行き、離さない。   「せめて一緒に寝て・・・君が仕事に行くまででいい」  男の言葉に彼は頷き、眠る男を抱いてやる。  少しでも、安らかに休めるように。  ただ、すぐに眠ってしまった男が、知らない女の名前を寝言で口にし、それに少し身体をこわばらせた。    ほんの少しの不安。  少しだけ。  

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