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再会1

 会場の外のロビーは大騒ぎだった。  友人の応援に来てくれた人々が、腫れ上がった顔の友人を取り囲み、泣いたり笑った忙しい。  皆、友人が負けると思ってしまったのだ。    だからこそ、今、感情のメーターが振り切れてしまって、友人は泣き笑う人々に、もみくちゃにされていた。  それを少し離れたところから、彼は嬉しそうに見守っていた。  ロビーにあるモニターは会場の様子を映し出していた。  ふと目をやった。      「それではここでゲストの紹介をします。この格闘技イベント  は来年から全国放送が決まりました!!」  会場から歓声が聞こえる。  これはいいことだ。  友人にもチャンスが増える。  彼は嬉しく思った。  それから、新しくなると言うテーマ曲が流れた。    彼は凍りついた。  ハードで乗れる音楽だった。    会場が乗る。  たた、その構成の完璧さを彼は知っていた。  今、閉ざしていた音楽の回路が繋がった彼の中で、その音は色のない光を放っていた。    まさか。  そう思った。    モニターに釘付けになる。  「ゲストは新しいテーマ曲を作ってくださった、プロデューサーの  さん!」  司会者はその名前を叫んだ。  今では有名音楽プロデューサーである男は、リングの上で観客に向かって手を振っていた。  あの人だ。  あの人だ。  彼の心臓が割れるほどの鼓動を打ち始める。  少し痩せた。  そう思った。  髪型も変わってた。  でもそれ以外は何も変わっていなかった。   あの頃と。  テレビを見ない彼でも、男の名前は聞こえてきていた。  男の名前を売り出したステージは、全国ツアーの後、二度と上演されることはなかった。  そこで使われた楽曲が何かに使われることもなかった。  そう、彼の歌は・・・封印されたのだ。  とりあえず。  それには安心した。    そして、気がつけば、大金が彼の口座に振り込まれていた。  大金だった。  彼が一生手にすることもないような。    罪悪感への手切れ金か。  彼は醒めた思いでその通帳の金額を見た。  返そうとおもったけれど、連絡をとるのも嫌だった。  使わないでそのままにしている。  罪悪感がなくなるなら受け取ればいい。  使わないだけだ。  そう思った。    男は有名になった。  彼でも名前を耳にするくらいに。  でも、音楽を遮断して、音楽をただの音にしてしまっていた ため男かどんな音楽を作っているのかも、何をしているのかも全く知らなかった。  会場が男の存在に湧いていると言うことは、誰もが彼の音楽を知っているということだろう。  もう、ゴーストライターではない。  彼が作り出すものは、そのままで世界に受け入れられているのだろう。    良かったな。    彼は本当にそう思った。  それは彼の望みでもあったから。  彼は男の音楽が本当に好きだったのだ。    でも彼は耳を塞いだ。  男の音楽を聞くわけにはいかなかった。  それは今でも心の傷を吹き出させるものだから。  耳を塞いでうずくまる。  「どうした?」  血相を変えて友人が飛んできた。  そして、モニターを見た。  「マジか・・・」  友人は呻いた。    「大丈夫か?」   彼の肩を抱えるようにして、立ち上がらせる。  「びっくりしただけ。オレ、悪いけど少し休んだら帰るね」  彼は言った。  本当はこの後、祝勝会があるのだけど。  ちょっと行く気にはならなかった。  友人を祝いたい気持ちは誰よりもあるのだけど。  「ああ、また明日電話する」  友人は心配そうに言った。  彼は笑う。  大丈夫。  同じ会場にいたところで、向こうはゲスト。  こちらはもう試合が終われば一観客だ。  すれ違うこともない。  だから大丈夫。  彼はそう思った。    モニターで男がリングから下り、拍手の中、去ったことを確認してから会場に入った。  しばらく後の休憩の後、セミファイナルと、メインの試合が始まる。  壁にもたれてぺたんと床にすわりこんだ。  トイレに行くため動く人達、飲み物や食べ物を買いに行く人達。  明るくなった会場で人々が蠢く。  きっと男はもう帰っただろう。  彼の知りうる限り、男は格闘技には興味がない。  仕事で引き受けただけだろう。  挨拶などはしていても、最後まで見ているとは思わなかった。  あの人はオレを見つけただろうか。    ふと思った。  男がリングで挨拶する前にあったのは友人の試合だった。   セコンドについていたオレをあの人は見つけただろうか。  有り得ない。  否定する。  大体セコンドに目を止めるものなどいないだろう。  リングにあがるチーフセコンドの会長ならともかく、自分は水を渡したり、椅子を出したり、マウスピースを洗うだけなのだ。  誰も目を止めない。  もうそれに外見も変わった。  あの頃のオレではない。  彼はそう思う。  あの人は気付かない。  その考えにとても安心していることに気づいた。  大丈夫。  見かけてびっくりしたけれど、昨日と何も変わらない。  テレビであの人を見たことと変わらない。  彼は自分に言い聞かせた。  休憩の終わりを告げるアナウンスが流れ、会場の電気が消えていく。    さあ、最後の2試合が始まる。  このイベントのメインの試合達だ。  見てから帰ろう。  家でゆっくりしよう。  彼はそう思った。  アナウンサーがリングに立ち、派手な口上を述べている。  そして、リングの上にあるスクリーンに煽り映像が映し出され、選手のインタビューや練習風景が流れ出す。  そして、音楽が鳴り、選手が入場してくる・・・。  誰もがリングの上に熱中していた。  彼も興味深く見ていた。    でも彼は思わずリングから目を離した。  離してしまったのだった。    

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