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変調1
泥のように眠り目覚めた時、もう昼過ぎだった。
夜勤明けで、自慰に真夜中まで狂っていたのだ。
そこから寝たのだから当然かと彼は思った。
すっきりしていた。
あの取り憑かれたような性欲は消えていた。
でも、男に見られた。
あのみっともない姿を。
そして、男の手でイカされたことは覚えている。
「助けるだけ」
と男は言っていた。
確かに、やっと止まった。
出しすぎて、血がでるんじゃないかと思った。
もう出なくなって、イケない苦しさはつらかった。
男が止めてくれたのは確かだった。
彼は布団の中で悶える。
あんな姿を見せたなんて。
抱かれるより・・・ある意味酷い。
でも、助かった。
本当に助かった。
出口のない場所に閉じ込められているのかと思った。
あんなの、初めてだった。
お礼を言うべきなんだろうな。
彼は思った。
シーツもとり換えて、部屋も片付けて、風呂にまでいれてくれてる。
でも恥ずかしかった。
自分はあんなんで、あの人は冷静で。
恥ずかしくて死ねると思った。
でも、こうしていても仕方ない。
彼はしぶしぶ起き上がった。
男が鼻歌を歌いながら一一もちろん今の彼には音にしか聞こえない一一何かしているリビングに向かった。
「起きた?何か食べる?」
男は彼に聞いた。
また勝手に彼の作業着を洗濯して取り入れていたらしい。
洗濯物を畳んでいた。
男はいい加減そうで遊んでそうな外見とは裏腹に、以外と家事好きで、しかもこだわりをもってするタイプであることを彼は知っている。
「オレのは自分でするからいいし、食事も適当にするから」
何度目かのセリフだ。
「ついでだよ」
また笑って流される。
でも、男の料理がすっかり気に入って良く食べに来る友人に
「お前、『お母さん』みたいだな」
と言われた時はマジ切れしていた。
「誰がお母さんだ!」
エプロンを友人に投げつけていた。
でも、お母さんっぽいとこある。
彼はクスリと笑う。
絶対に言わないけど。
ご飯と味噌汁と卵焼きと焼き魚がテーブルになれべられた。
彼は困りながらテーブルに座る。
母親がいた時もこんな豪華な朝食はなかった。
母親は忙しかったから。
「いただきます」
彼は手を合わせる。
「そのちゃんと『いただきます』言うとこ好きだな」
男はニコニコ言う。
顔が赤くなる。
そういうこと言わないで欲しい。
「・・・昨日はありがとう」
彼は小さい声で言った。
「きにしないで」
男はそれ以上言わないでくれたのがありがたかった。
彼は男の作ってくれた味噌汁を飲む。
「ん?」
彼は首をかしげた。
ご飯を食べる。
彼は驚いたような顔をする。
そして、卵焼きを乱暴に頬張った。
魚も口にいれる。
彼の顔が青ざめる。
男はそれを見て焦る。
「えっ味おかしい?」
男の言葉に彼は首をふる。
おかしいのではない。
わからないのだ。
卵焼きとご飯と味噌汁と焼き魚の違いが。
味がしないというよりは、味ってのがどういうものだったのかもわからなくなっていた。
感じるのはご飯の粒の感触。
卵焼きの柔らかな歯触り。
魚の身が口の中で解ける感触。
味噌汁の液体の中にワカメが広がる感覚。
触覚だけだった。
「味がわからない・・・」
彼は青ざめた。
何かが自分に始まり始めたのがわかった。
男も青ざめた。
「病院・・・まずは病院に行こう!」
男はそう言った。
まずは味覚がきえた。
そんな風に始まった。
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