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探査1
駅まで友人が迎えに来てくれていた。
改札口をでた所に友人が立っていた。
男は思い切り嫌な顔をして舌打ちした。
彼は男の手を振り切り、友人に駆け寄り、抱きついた。
友人も彼を抱きしめる。
「心配した」
友人は言った。
「心配かけてごめん・・・」
彼は言う。
ものすごい勢いで近付いてきた男に、彼は友人から引き離される。
「はい、色々僕も話したいことがあるから、家までさっさと帰ろうね」
男は一応笑顔だが、彼の肩に回した腕に入る力は強い。
男は自分の方に彼を引き寄せた。
「嫉妬してんじゃねーよ。お前にそんな権利ないんだぞ」
友人に指摘される。
笑顔は崩さないけれど、さらに彼を引き寄せる腕に力が入る。
「車で来てくれたんでしょ。彼、検査とかで疲れてるから駐車場まで行くの大変だから、入り口まで先に車まわしといてくれる?」
男は一応尤もらしいことは言う。
気のいい友人は、走って車を取りに行ってしまった。
「オレそんなに疲れてない・・・」
彼の言葉を男は聞かない。
がっつり肩を抱かれてしまっている。
「権利があろうとなかろうと、嫌なものは嫌なんだよ」
男は小さく呟くのが聞こえた。
彼は戸惑ったように男を見上げる。
男はその視線に気付く。
「色々考えていることがあるんだ。家に帰ったら説明するね」
男は笑顔をつくった。
肩に回された腕は離されることはなかった。
友人の車の後部座席に座ってからも。
むしろ、腰まで引き寄せられて、まるで両腕で抱きかかえられるようにされた。
「疲れてるでしょ、身体支えてあげる」
一応男は言う。
「いや、大丈夫だから、離して・・・」
彼は頼むが聞いてもらえない。
「気にしないでもたれてて、疲れてるんだから・・・」
男は言う。
いや、本人が大丈夫だと言っているのに・・・。
離す気がないことだけは彼にも解った。
これは。
これは。
よくない。
彼は焦り始める。
なんとかしなければ。
「ここからは僕の仮説でしかないよ?でも、他に手がない以上試してみてもいいと思う」
男は言った。
リビングのテーブルに3人で座っている。
2つしかなかった椅子は、男がいつの間にか買ってきて3つになった。
彼は考える。
いつも、二人か一人だった。
母と二人。そして一人に。
男と二人。そして一人に。
友人と二人・・・。
今は3人に。
少し嬉しいと思うのはいつも、一人になってしまうのが怖いからだろうか。
でも、この人をこれ以上受け入れるわけには行かない・・・。
そうも思う。
ちゃんとするべきだ。
男がいる間に。
今度こそちゃんと。
「味覚がなくなり始めたのは何がきっかけだと思う?音楽は失っていた。でも逆を言えばそこまでですんでいたのに」
男は言う。
友人が答える。
「お前が出てきたせいだろ。お前がコイツにストレス与えまくってんだろ」
友人の言葉に男は嫌な顔をする。
「まあ、そうだけど。でも、僕が原因なだけなら、再会した日にあれだけとことん抱いたから、その日に何かあってもいいはずだ。一生忘れられないくらいのことはしてるから」
平然と男は言い放つ。
彼は絶句する。
この人は何を、本当に何を言って・・・。
「犯せるところは全部犯して、全身舐めたからね、余すところなく」
当たり前のように言われて、彼はテーブルに突っ伏す。
死にたかった。
友人の前で何を。
「飲めるものは飲んだし、飲ませるものは飲ませたし、咥えさせたし、咥えた。手首も噛んで印までつけた」
さらに付け加える。
友人に対する牽制もあるのは間違いない。
自慢げに言ってるから。
「おい、コイツ最低だぞ。オレでもわかるぞ、デリカシーないぞ!何でこんなヤツがモテて、オレが未だに彼女無しなんだ」
友人がキレてる。
最低だ。
本当に最低だ。
男は平気な顔をしている。
「とにかく、だ」
男は続けた。
何がとにかく、だ。
彼は殺意さえ抱いていた。
突っ伏したままだ。
テーブルに頭を打ちつけていた。
死にたかった。
友人にどんな顔を・・・。
苦悩する彼と、呆れかえる友人を気にせず、男は続けた。
「・・・僕のせいで、この一週間以上いけてないんだよね、ジム」
確かに。
男に再会した日から、男に対応するのだけでいっぱいいっぱいで、ジムにも行ってないし、練習もしていない。
夜勤なら昼に、日勤なら夜に、休みの日なら一日中、ジムが休みの日は試合の手伝いか、自主練。
毎日毎日そうしていたのに。
会長にはひと月ほど休むと伝えてはいた。
もはやスタッフ状態だったので、会長も困っているかもしれない。
彼は急に心配になる。
顔を上げた。
ジムは第2の家になっていたのだ。
人の良い会長は彼や友人にはいなかった父親のようだった。
「大丈夫、大丈夫、オレの試合はまだ決まってないからオレがジム手伝ってるから」
友人が言う。
何も言わなくても分かり合うところにムカついたらしく、男は友人を睨む。
「・・・音楽の代わりはある程度確かに格闘技が果たしていたんだとは思う。だから、ボクシングをしている時はリズムを、感じたり、コイツの試合で音楽が聞こえたりしていたんだと思う」
男は言った。
「・・・つまり?」
友人は聞く。
「格闘技からアプローチをしてみようと思う。つまり、明日からジムにいく・・・僕も」
男は言った。
友人と彼は顔を見合わせた。
男をジムに?
・・・ダメだ。
何言うのかわからないこんな男を。
「絶対嫌だ!」
彼が叫んだ。
今みたいなことをジムで言われたら。
考えるだけで顔が蒼白になる。
「お前はダメだわ、お前の今みたいな言動したらコイツの立場が悪くなるだろう」
友人も言う。
ジムは良くも悪くも【男】の世界だ。
そこにはやはりゲイに対する偏見はあるし、多分他の場所よりも偏見は強い。
男は芸能界にいたせいか、バイであることをオープンにして隠さないけれどそういうことをジムでされるのは・・・。
「僕が彼を愛していることを何故隠さないといけないんだ。君たちの方がおかしい。狭量な世界に合わせて生きる方がおかしい」
男は言ってのける。
何かに合わせて自分を抑えると言う考えはこの男にはない。
基本的に自分のしたいようにしかしない。
「そうだけどな、そうだけどな・・・そういう世界の方が間違っているんだけどな!」
友人が困ったように言う。
彼も困る。
ただでさえ目立つのは嫌なのに、そんな偏見にまで戦うのはまだ・・・。
大体、男を愛しているならそこまでして戦う意味もあるけれど、少なくとも今はそうではないのだ。
「まあ、いい。彼が困るような言動はしないと約束するよ」
男は恩着せがましく言った。
「ありがとう・・・?」
何故か彼はお礼を言わされていた。
友人は泊まっていった。
彼はホッとした。
男と二人切りなのは、せめて今夜は避けたかった。
この数日で縮まってしまった男との距離を取りたかった。
どんどん心にまた入って来られるのは、最初の頃より怖かった。
それがうらぎられる瞬間を知っているから。
男は友人が泊まると言うと機嫌が悪く、しかも彼の部屋に泊まると言うともっと機嫌が悪くなった。
「お前みたいな獣と一緒にすんな。一晩中手繋いで寝たこともあるけど、手を出したことなんか一度もないぞ!」
ぐちゃぐちゃ言う男にキレた友人の言葉に男がさらに怒る。
「そんなの僕だってしたことないのに!」
そんなことまで言い始めた。
「手繋ぐだけですまないのはお前の理性の問題だろ」
友人が怒鳴る。
喧嘩ばかりしているが、何故かこの二人は相手を尊重している。
何かが二人の間にはある。
それが彼にはわからない。
彼にはわからない何かが、男と友人の間にはあるのだ。
「なぁ」
ベッドの下に布団を引いている友人が話しかけてきた。
「うん?」
彼は答える。
部屋のドアは解放されている。
男が閉めることだけは許さなかったのだ。
「悪いやつではないんだよな・・・」
友人は言った。
男のことだと思った。
「うん・・・」
彼は頷く。
困った人だけど、憎みきれない。
それが苦しい。
まだ愛してさえいる。
「でも・・・どっかで見切りをつけろ。アイツがお前を傷つけるのはしたくてそうするんじゃない。けど、そうしてしまうんだ」
友人は優しく言って、それ以上は何も言わなかった。
彼は返事ができなかった。
その通りだと思っているのに。
その通りなのに。
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