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オマケ 贖罪
最初見た時は少女かと思った。
華奢な身体が、ピアノを楽しげに叩いていた。
ピアノのテクニックは完璧で、そのノリは最高にクールだった。
光のような音だ。
男は思った。
ピアノの音は弾く者によって全く異なる。
この少女のような少年のピアノは光のようで、しかも、重なるように光を構築し、音楽をつくっていた。
つまらない歌手のつまらないライブだった。
だけど、彼は最高だった。
彼は笑っていた。
遊んでいるみたいに演奏していた。
でもその演奏は、精密機械のように正確で、あふれれでる感情は弾けるように自由だった。
ピアノの音が踊っていた。
彼も踊るように弾く。
長めの髪が揺れて、表情豊かな目が煌めく。
長い手足はしなやかで、その首筋は綺麗だった。
欲しい。
そう思った。
でも、まだ幼すぎる表情に自分を抑えた。
子供だ。
まだ、子供だ。
ライブの後引き合わせられて、また魅せられた。
少年は全く物怖じしなかった。
有名プロデューサーである男に媚びを売るものは多かった。
そうでなくても、ギター一つで、暴力と貧困の中から成り上がった男からは暴力の匂いは抜けず、人は男に怯えた。
でも、少年は違った。
少年は成功することや、成功者には興味はなかった。
でも、男に簡単に懐いた。
男が少年をほめたから。
少年は誉められるのが大好きなのは、思わず苦笑してしまうくらいすぐにわかった。
我が儘なお坊ちゃま。
でも、正直で素直で。
そして、音楽だけに夢中だった。
それが可愛いと思った。
彼を自分の周りに置くことにしたのは、かわいかったからだ。
それ以上の意味はなかった。
「僕それ嫌い。つまらない」
男が作った曲のアレンジをギターでしていると少年はそれを聞いて言った。
よく遊びにくるようになっていた。
男が誉めて、ちやほやしてくれるから。
本当にわかりやすい。
男の立場や権力よりも、自分を誉める男の言葉が好きなのだ。
それを、可愛いと思ってしまうのだからどうしようもなかった。
だから、アレンジをけなされてもなんとも思わなかった。
取り巻き達がざわついた。
「じゃあどうしたらいい」
男は尋ねた。
少年が何を言っても、可愛いとしか思わない。
そうは見えないけれど、男は彼が可愛くて仕方なくなっていた。
でも、どうすればいいのかは全くわからなかった。
無愛想にしか接することができない。
「こういうのどう?」
彼はピアノで弾いてみせた。
男は驚いた。
とても良かった。
誰にも似てない、新しいアレンジだった。
男には分かった。
これは、金になるアレンジだ。
男は、可愛いからではなく、本気でほめた。
「いいぞ。もっとやってみろ」
少年は顔をくしゃくしゃにして笑った。
その顔を可愛いと思った。
そして、少年は新しいアレンジを次々と作ってみせた。
男は悟る。
この少年は金になる。
でも、それ以上にその夢中でアレンジを作る姿に魅せられた。
パーティーに少年が来ていたのは知っていた。
自分も不良少年あがりだ、まあ、楽しめばいいと思っていた。
ただし、薬も女も男も、少年には近付けないようには言っておいた。
少年の周りにはいつだって人だかりができる。
ピアノを叩き、はしゃぐ少年を男は離れたところから見ていた。
かわいかった。
才能だけは溢れるほどで、傲慢で、でもどこまでも無邪気な少年。
音楽以外には何の興味もない少年。
男を見つけ、無邪気に少年は笑いかけた。
男は少し手をふった。
これが精一杯だ。
でも、少年が近くにいるだけで、機嫌は良くなっていた。
セックスがしたかったわけじゃない。
まあ、あんな感じでフラフラしてるから、一度や二度は遊びでセックスしているかもしれないが、少年はまだそっち方面にはそれほど興味はないようだったし、まだ少年を抱くつもりはなかった。
いずれ、もう少し、あんなにガキっぽくなくなったら。
もう少し、大人になったら。
男はそう思っていた。
それまでは近くに置いて、誰にも触れさせない。
そう決めていた。
それにアイツは金になる。
あの才能はいずれ金になる
男には分かっていた。
男には金になる音楽がわかる。
その才能が、クソみたいなところから、ここまで男を導いた。
絶対に手放さない。
あれは俺のものだ。
男はそう思った。
どうやったら、優しくしてやれるのか。
どうやったら、ああいう少年を優しくとかしてやれるのか。
男はそれまでに学ぼうと思っていた。
恋人などいたことはない。
抱く相手がいただけで、大抵酷くして壊してしまった。
男は酷くしか抱けない。
あの子は壊したくない。
男はそう思っていた。
抱く時には優しく抱いてやりたい。
優しく優しく。
少年のピアノの音のように。
思っていたのだ。
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