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贖罪3
男は花束をその墓に置いた。
アイツをとっくの昔に失ってる、墓など今更だがな。
男は思う。
でも来ずにはいられなかった。
ここにアイツが入っているのなら。
「可愛がってたんたぜ、俺なりに」
男は墓に向かって囁いた。
男は墓に背を向けた。
歩きだした男の耳に、歌声が届いた。
歌と言うにはあまりにも、その声は鮮やかに空気を彩った。
ああ、まずい日に来たな、男は苦笑いした。
歌いながら現れたのは、綺麗な顔をした青年だった。
昔とは違った。
昔は人と目も会わせられない貧相なガキだった。
顔こそきれいだったが、前髪で隠して生きる臆病なガキだった。
それでも男はそのガキに、のされたのだ。
男は苦笑する。
ちゃんとこのガキは、俺からアイツを力づくで奪っていったのだ。
男が捨てられない裏通りのルールでさえも、この青年が勝者であることは間違いなかった。
アイツをこのガキは勝ち取った。
青年は驚いたような顔して男を見つめた。
歌が止んだ。
でも、次の瞬間、ガキが納得した顔をしたのがむかついた。
「クソガキなんだその顔は」
男は言った。
「あなたにクソガキ呼ばわりされることは何もないんだけど」
青年は言い返した。
昔とは違って堂々としていた。
喧嘩慣れした男にはわかる。
コイツ、何があったのか知らないけれど、場数ふんでやがる。
「・・・お前もアイツを失ったわけか」
男はつぶやいた。
「オレがあの人を失うことはない」
青年は強く言った。
それは自信に溢れていた。
悔しかった。
悔しかった。
出会ったのは、俺が先だったのに。
俺が最初にアイツを抱いたのに。
わかってる
わかってる、
俺が自分で台無しにした。
それでも、悔しかった。
「あなた、泣いてるの?」
彼が言うまで、自分がどんな顔をしているのかがわからなかった。
男は泣いていた。
「愛してたんだ」
つぶやいていた。
愛しているだけで、奪うだけで、身体も才能も奪っただけだった。
それ以外できなかった知らなかった。
青年は哀れむように男を見つめた。
むかついた。
俺がお前のようだったら、相手を思える人間だったなら、死にかかっていることさえ知らず、死んだことを人伝てになんか聞かないですんだのか。
死ぬ最期の瞬間まで一緒にいられたのか。
俺が愛し方を知っていたら、せめて罪を償う方法を知っていたら・・・。
男は舌打ちをして、青年の横を通り過ぎていった。
「あなたは、相手が死んだならもう愛せないの?償えないの?・・・違うでしょう。可哀想な人」
青年の声がした。
男は足を止めた。
その言葉が、胸に届いたから。
青年はもう、男など気にも止めず、墓の前に座り、幸せそうに歌っていた。
男は思い知らされる。
青年にはアイツが死んだことなど、愛することの障害にはならないのだ。
俺は。
俺は。
俺は。
男は敗北を思い知らされる。
俺は何をした?
アイツを愛した「だけ」だ。
奪った「だけ」だ。
罪を償おうともしなかった。
アイツに何かしてやろうとさえせず、ただ執着していただけだ。
どうせ無駄だと、諦めて。
何か一つ。
何か一つくらい・・・。
男は墓を見て微笑んだ。
そうだな、まだ俺にも出来ることはある。
例え、お前がもう死んでいるとしても。
数日後、ある有名音楽プロデューサーが、自分の名前で発表した曲のうち多くのものが、先日亡くなった人気作曲家のものであったことを告白した。
ゴーストライターを認めた男はその世界を追われた。
その後男がどうなったのかは知られていない。
沢山の作品が、本当の作曲家の名に還された。
死ぬまでの僅かな間に、書き残した曲とともに、それらの曲は鳴り響き続けた。
作曲家の名前と共に。
END
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