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オマケ 蜘蛛女の恋
こんなところで終わるのは嫌だと思った。
こんな所で、朽ち果て死ぬなんて。
父親はわずかな稼ぎをギャンブルにつぎ込んでいた。
母親は父親を罵り憎みながらも、離れられないでいた。
「あんたがいるから」
その理由を少女せいにした。
クラスの女の子達が、オシャレな服を着て、綺麗な小さな物を互いに流行らせあっていても、少女にはそれは関係なかった。
「あの子貧乏やねん・・・同じ服ばっかり着てるやろ」
哀れむような声をこらえる。
テレビの向こうの綺麗な服を着て微笑む女優に憧れた。
自分の顔は綺麗だと思った。
母親も昔は美しかったらしい。
今は苦労と憎しみでその面影はないけれど。
お母ちゃんみたいにはならへん
そして、年の離れた姉を思った。
姉は綺麗な顔で稼げることを知り、夜の世界で生きていたが、つまらない男につかまって、今は身体を売っている。
お姉ちゃんみたいにもならん。
頭が悪すぎる。
少女は良く分かっていた。
自分のような底辺に生まれたら、綺麗であることはむしろ不幸になることを。
立場の弱い綺麗な女は、母や姉のようになる。
綺麗だからとたかられて、綺麗だからとむさぼられる。
あたしはそんなん嫌や。
少女は決めた。
成り上がる。
あの、綺麗な女優達の所へ行く。
何をしてでも。
そう決めたのだ。
高校だけは卒業して、バイトで貯めたお金で地方から出てきた。
少女は若い女になっていた。
美しい女に。
夜の仕事をバイトに選んだ。
金が良かったからだ。
歌やダンスや演技の練習する時間が必要だったからだ。
アルコールを出来るだけ飲まないで済む店を探した。
身体を損なったら意味がないからだ。
女はキチンとレッスンを受けた。
高いレッスンでも必要だと思えば受けた。
練習に励んだ。
劇団にも入った。
自分に才能がある、ない、なんて関係なかった。
才能がないからと諦めるつもりなど、最初からなかったし、有ったところでどうだと思っていた。
行きたい場所があるだけだった。
役に立ちそうなモノをくれる男となら誰とでも寝た。
快楽などなかった。
何もない女には、何も持っていない女には身体しかなかったから、それは有効に使った。
愛や恋など、何の役にも立たないと思っていた。
だけど、オーディションは落ち続ける。
最終まで残っても落ち続ける。
「なにかねぇ、なにかねぇ、なにかねぇ、・・・足りないんだよね、色気がね」
そう言われた。
それを手にするにはどうしたらいい?
それを手に入れるにはどうしたらいい?
女は苦しんだ。
私はあそこへ行く。
成功した人達の場所へ。
夜のバイトで、口説いてくる男達のくだらぬ話に微笑みながら女は思った。
こんなところにいたくない。
私には行きたい場所がある。
でもどうすればいいのかわからなかった。
そして、この世界にも階級があることを知る。 所蔵する事務所、コネ、そんなもの。
それがなければ、いくら綺麗でも、いくら歌えても、相当なモノがなければ、上手く騙され遊ばれるだけの存在になることも。
痛い目に何度かあって学ぶ。
自分には何かが足りないことも。
そんな時にそのステージの話を聞いたのだった。
実力はある男だが、大物を怒らせてしまって、人を集めるのに困ってる、と。
素人ばかり集めてどんな舞台が出来るのやら、と。
チャンスだと思った。
その男は女を面白がった。
こんな男は初めてだった。
手段も選ばず、ガツガツ来る女に嫌悪するか、何か要求してくる男のどちらかしか知らなかった。
「いや、別に君の身体はいらないから、歌ってみて」
押し倒した男にこんなことを言われたことはなかった。
「はぁ?」
間抜けな声を出したと思う。
せっかく、男と二人きりになれたから、身体を使って役をとりに行ったのに、男は身体はいらないと言う。
「・・・歌えるんだろ?」
キス出来る距離で、男は冷静に言った。
「歌えるけど」
女は苦く言う。
歌える。
歌えるけど、いつも落とされる。
だから、身体を今使ってるのに。
「はい、歌って」
押し倒されたまま、男が言った。
「このままで?」
女のは呆れた。
男の上に跨がったままだ。
「うん」
男は平然と言った。
目が意外と真剣だった。
女は男に跨がったまま、歌い始めた。
オーディションの課題曲だ。
練習した。
何度も何度も歌いこんだ。
リズムも音程も発声も完璧なはずた。
ただいつも、心がないと言われる心だけはわからなかった。
男の目は真剣なままだ。
歌い終わった。
「・・・面白い。君は本当に面白い」
男は言った。
優しく頬を撫でられて驚いた。
抱かれるのかと思ったし、それはそれで構わなかったのだけど、違った。
「・・・君は素晴らしい楽器になれる。僕のために歌え」
男は頬をはさみこみ、その目を覗きこんで女に言った。
それは命令だった。
女は生まれて初めて・・・。
ドキドキした。
柄にもなく。
「合格ね、明日から来てね、朝からね」
男は笑った。
そして、優しく女の身体を自分の身体から下ろした。
「・・・あのね、人を誘惑するにしても、ちょっとやり方が直接的すぎるよ。押し倒すとか以外にない?もうちょい、おまえやり方考えないとね」
頭を撫でられた。
その言い方にも、その眼差しにも、軽蔑などどこにもなかった。
その日から女は男の楽器になった。
男の楽器になることは楽しかった。
男は歌に心をのせろなんてなんて言わなかった。
「そんなもののせるな。技術で歌え。技術で心を構築しろ」
男は悲しみをどう歌うか、嬉しさをどう歌うかを適格に技術として教えてくれた。
「心をのせてうたうなんてのは、下手くその言い訳だ」
そう言い切る男が女は好きだった。
でも。
でも。
舞台を目ざすふたりに難関が。
「・・・酷い。色気ってもんがない。官能とか意味わかる?犬の発情期じゃないんだから。・・・股開いて誘惑してるんじゃないんだから」
男が苦悩していた。
ヒロインが愛する人を誘惑するシーンが最悪だと男が吠えていた。
女にはわからない。
股を開いて誘ってきたからだ。
そう言う誘惑しかしらない。
焦る。
このステージが自分の未来を作ることは分かっていた。
だからなんとかしたかった。
「おまえ、誰でもいいから恋してこい、今すぐに!真似事でもいいから!」
男は本気で言っていた。
でも、そんな時間はもうないと、男も女も知っていた。
二人ともこの舞台にかけていた。
どちらも、どうやってでも成功させたかった。
女がそれを選択したのはそれしかなかったからだった。
女は服を脱いだ。
一糸まとわぬ姿で男の前に立つ。
「・・・だから、そう言う原始的な誘惑しか出来ないのがね・・・」
男がため息をつく。
「あなたが教えて」
女は必死だった。
知らなければならない。
それを知らなければ、行きたい場所へは行けない。
「世界一愛している恋人がいる」
男が言った。
「関係ないわ!」
女はキレた。
時間がないのだ。
「そんなことどうでもいいのよ!」
女は素っ裸のまま叫んだ。
恥じらいも何もない、ただ必死だった。
その必死さが男を動かした。
「面白いね、おまえ」
男は考えこんでいた。
男にもそんなに選択肢はないのだ。
「いいよ、ハグから教えてやる」
男は優しくその腕を広げた。
女はその胸に抱きしめられた。
生まれて初めて、抱き締められるのが目的で抱き締められた。
今までは、何かの目的のための我慢でしかなかった。
男の胸は暖かく、心地良かった。
その日、初めて女は快楽を知った。
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