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蜘蛛女の恋2

 男は最後までは女を抱かなかった。  「こんなのセックスじゃない」  としれっと言ってのけた。  でも、男の指の舌に女は学び、男を焦らす程にはなった。  女は学ぶとなったらとことん学ぶ。  セックスを手段ではなく、快楽として楽しめるようになった。     「もう犬の発情期じゃない」  男は女の演技に喜んだ。  擬似恋愛とは言え、男とする恋愛の真似事は楽しかった。  今までは目的のためだったからホテル直行しかしてなかった。  男はレストランに連れて行ってくれた。  「テーブルマナーくらい、知っておかなきゃね」  演技指導の延長だったけど。  「あのね、栄養さええればいいって、食事はエサじゃないんだからね、何コレ、犬のエサ?」  栄養と美容しか考えていない女の食事にキレて、お弁当まで作ってくれた。  「表現者になるなら、目的以外にもね、綺麗とか、好きとかそう言うものを自分の中にもたなきゃね」    美術館にも連れて行ってくれた。    そして、男の大切な恋人の元に帰らない夜には、優しく甘く、その指と舌に教えられた。    女の腹黒さも、策略も何もかもを男は見透かし、面白がった。  こんな人は初めてだった。  いつも、一緒にいたので、すっかり男の恋人だと思われていた。  それはとても都合が良かったので否定しなかった。   男は面倒くさがってそのままにしていた。    大事な恋人に変な注目が集まるくらいなら、女が恋人だと思われた方が良かったらしい。    女にも恋人について詳しくは教えなかった。    ただ、恋人について話す時は本当に優しく笑った。  「世界一大事な僕の宝物」      浮気男のクセに。   女は呆れた。  この男の脳はおかしい。  本当におかしい。  でも、男との日々は楽しかったのだ。    本当に。  月日が流れた。  「あなた、心が本当に広いのね」  女は半分嫌みで言った。  男と青年の家に招かれた。  もうすぐ死ぬ男の家に。  ダイニングのテーブルでお茶をご馳走になっている。  青年は相変わらず美しかった。  あの頃と違って長い前髪の中に隠れようとはしていなかったし、身体はしなやかに鍛え上げられているのは服の上からもわかる。     あの頃は繊細なだけの青年だったが、今は強ささえ感じられる。  「・・・この人の愛を信じてるんですよ」  青年は笑って言った。  「一番信じちゃいけないものよ、それ」    「ですね」  女の言葉に青年は大笑いして答えた。  女も笑った。  男だけがしょげかえっている。   「・・・そんな言い方ない」   ブツブツ言うが、恋人と実質上の愛人の二人を目の前にしてさすがに大人しい。   反論にも力がない。  死にかけているのと、この元気のなさは関係ない。  青年は美しく微笑んだ。  「じゃあ、二人でどうぞ。オレは友達と夕飯に行くよ、久しぶりに」  青年は部屋を出ていった。  女はそれを見ながらため息をつく。  「何あの余裕。ムカつくんですけど」  女は男に、持ってきた花束をたたきつける。   何度も何度も。   「僕にあたるなよ!彼に直接言えよ!おまえ相変わらず人には猫被ってんな!」  男は怒鳴る。  でも女が泣いているのに気付いて、黙る。  「・・・でも、あの子のおかげであなたに会えた。あの子が言ってくれなければ、あなた私には会わなかったでしょ、死ぬまで」  女は言った。  青年が連絡してくれた。  男が死ぬことを。  「あの人はあなたに会いたいんじゃないかと思って」  青年は言った。   ・・・そして、あなたも会いたいのでは?。  それは青年は聞かなかった。  「・・・会わなかったよ。彼が言い出さなければ、君には」  男は認めた。  青年が大事だから。    「でも・・・会えて嬉しい」  男は言った。  女は花束を再び叩きつけた。  何度も何度も何度も何度も。  「ぬけぬけと!」  花びらは全てとんでいった。  「会いたかったのよ!本当に!」    女は叫んだ。  男に抱きついた。  「うん」  男は女の背中を撫でた。  そこには性的な意味はなかった。    でも、男が女に会いたがっていたことは伝わった。  死ぬ前に会いたいと思ってくれたのだ。  それで良かった。  あまり話はしなかった。  黙っている時間の方が多かった。  「あなた最低」  「おまえ程じゃない」  それが最後に交わした言葉になった。    

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