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ひとりと独り

「というか、榊原がここ来んのは意外〜。なにしに来たと?」 多岐の質問に榊原は顔を歪め、チッと舌打ちをした。 「俺が来たら悪いかよ。寝る場所ほしかったんだよ、それだけ」 「は? 寝る? どこで」 「ここに決まってんだろ」 榊原は賽銭箱の前に腰を下ろすとカバンを足元に投げて横になる。 その行為は多岐にとってあり得ないもので、目を見開いて榊原の元へ駆け寄る。 「暴力反対っ!」 「は、なに言ってんだ」 「こんな神聖な場所でそれはあり得ないって! 神様がブチ切れるぞ! 寝る場所じゃないし!」 「……めんどくせ」 「はぁ!? やめろよ、起きろっ」 「痛ってえ、叩くな」 「ムリムリムリ、そういうの萎える。あーぁ、榊原の性格には俺も本気で呆れた」 挑発的に言ってはみたものの、榊原の表情は「だからなんだ」の一点張り。 神社が好きな多岐からしてみれば暴力同然の嫌がらせだが、また不意に左手の包帯が気になった。 手首から指の根元まで巻かれたそれは、なぜか多岐の視線を誘う。 「あのさ」 「なんだよ」 「…………その手、邪気を封じてるとか何か?」 「あ゙?」 「わはは、怒んないでよ! なんか気になってて」 突然起き上がった榊原に多岐はビクッと肩を跳ねさせる。 横顔がどこか寂しげに見えた気がして顔を覗いたが、気のせいだった。 「稽古中にやっただけだ。いちいち興味持つな」 「……」 そういえばウチの劇団ってアクション多いんだっけ…… 京極が腕や脚にアザを作っているのを何度か見たことがある。 本気で芝居に挑むあの姿がかっこよくて、多岐はいつも遠くから眺めていた。 男が男を追いかける。 きっとそれは世間から許されるものではない。 語る友人もいなければ、両親も知らない。 だが心のなかでだけは京極を追いかけられる。 それだけで幸せだ。 「____え、体験?」 翌日も何気なく信濃と訪れた稽古場で、多岐は耳を疑った。 稽古を終えた京極が興味津々に目を光らせていた多岐に芝居をやってみるかと誘い、信濃と2人で声を上げる。 「いやいやいや! 俺はそういう才能ないしっ」 「多岐が芝居に興味あるなら、経験なんてなくても大丈夫だよ」 「え、そのー、俺は……」 芝居じゃなくて、京極が。 でも言えるわけないだろう? 男が気になってるなんて、とても本人に言えねえ……! 悶絶している男をお構いなしに京極は首を傾げ、多岐の手を掴んだ。 「!」 「一稀、Bの25ページから26ページの始めまでやってくれ。多岐に俺の役を教える」 「!?」 「やったじゃん、多岐りん!!」 「……チッ、お人好しか」 京極の役を本人から伝授されるのはこれとない幸運だ。 熱狂的な女性ファンも多い男がまさか自分にマンツーマンで。 あり得ない急展開に混乱している多岐の気持ちを知らない京極は、マーカーの引かれた自身の台本を見せる。 「少しやってみて楽しかったなら入団希望出してもいいし、それは多岐に任せるよ」 「はいっ……!」 京極は優しい口調で伝え、細かい設定や情景を多岐に伝えていく。 何度も京極の役を見て覚えていたために大体のセリフやシーンは頭に浮かんでいた。 問題は相手が榊原ということ。 なぜこの男なのだと内心ではブーイングの嵐だ。 「じゃあ、読みながらでいいからやってみようか」 隣に京極がいる安心感。 多岐は台本に視線を落としながら榊原のセリフを待った。 「……おいセリーナ。お前は本当にジャックを疑っているのか? 証拠はどこにある」 きた!! 「さ、殺人のあった場所で見つけたこの銃……赤黒い血痕が付着しているだろう? これが、ジャックの靴にも残ってい……」 「ふざけんじゃねえぞ!」 「!」 迫真の演技力で胸ぐらを掴まれると、ゾワッと鳥肌が立って自分が怒鳴られている気さえした。

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