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ひとりと独り
「っディール、友人を疑えないのは同情する。でも、これは本当なんだ……ジャックを事件現場付近で目撃したと証言している人物が、いて」
あれ? 京極はこんな言い方してたっけ?
どんなんだっけ。
頭が混乱してきた。
だがひどく表情を曇らせた榊原に抱き寄せられた瞬間、ドキッと心臓が跳ね上がる。
「うぇっ、!」
「信じられるわけ、ないんだよ……仲間だろ、俺達」
「……」
「おい、セリフ」
耳許で囁いた榊原に混乱する多岐は、数秒ほどして解放された。
意識していない男だというのにドキドキしてしまう。
榊原からふわりと漂った香水の匂いのせいか。
それとも性趣向が原因か。
「初めてにしては目の付け所がいいな、多岐は。本当に経験ない?」
「え、ないないない! ていうか、役者ってすげー……もうプロじゃん」
「わたしも思った!」
「あぁ、一稀はプロ志望じゃないけど努力型だから群を抜いてるんだ」
同性だからって緊張しすぎ……
バレてない、よな?
もしもゲイだと周囲に知られてしまえば多岐の人生は終わる。
思い出したくない過去が脳裏に過ぎり、首をふって抵抗した。
「多岐はどう? 芝居やってみるか」
「あ……えっと、まだ決めかねるっていうか」
「いいよ、入りたくなったらいつでも言ってきな」
きゃあ、と叫び声をあげそうになる。
京極はどれほど男前であれば気が済むのだろうか。
多岐は軽く微笑んだ男の口許の色気に恍惚とした視線を向け、しばらく目が離せなくなった。
1日の生活を終えていつもの神社に足を運ぶと、賽銭箱の前に珍しい先約を見つけた。
「うわ!?」
「あ、多岐また会ったな」
「ななな、なんで……2人がいるの」
ここにいるはずのない人間が1人増えている。
困惑している多岐を放置して、京極はベンチに腰かけ榊原は階段に座る。
自由すぎるし……整理つかないし。
「一稀から教えてもらったんだ、いい休憩場所があるって。でもそれがまさか神社とは」
「風情あっていいんじゃねえの」
「……ならもっと風情ある利用の仕方をだな」
京極の言葉にはごもっともだ。
榊原はぞんざいなやつだと多岐のなかで印象が固まりつつある手前、京極に肩を持つのも仕方ない。
「つーか、多岐は毎日通ってんのか? ここ」
「まぁね〜。俺、こう見えても趣味は神社巡りだしぃ」
「たしかに陰キャぽい」
「こらぁ! 神社好きディスるなよっ」
いつもノリに乗って返す多岐でも、榊原は苦手なやつだと思った。
表面上はヘラヘラと笑いながら内心少しムカついている。
「多岐はバイトしてる?」
「してるよ、喫茶店だけど」
「へえ、てっきりアパレル系かと」
「えへ〜、そんなにおしゃれかなぁ?」
「チャラ男にしか見えねえ」
あーはいはい。
どうせ俺はチャラ男ですよー。
榊原に向かって「べー」と舌を出して挑発的な態度を見せた。
「多岐がいるなら、俺も毎日来ようかな」
「え」
「思ったより落ち着くし、この自然の音っていいよな」
「……」
なにげない一言だったのだろう。
だが多岐には嬉々とした声を上げてしまいそうなほど嬉しい。
舞い上がるだろう、そんなことを言われたら。
「一人暮らし?」
「うん、こっから歩いて15分くらい」
「ああ、もしかして一稀が近所かも。一稀の家によく遊びに行くから、多岐も来いよ」
「!? 俺、行っていいの」
「駄目? 一稀」
寝転がっていた榊原は面倒そうに寝返りを打つと、「好きにしろ」と適当な返事をした。
「やった。人数増えた方が楽しいしな」
「せんきゅー! 多岐りん友達いないから泣いたっ」
「嘘つけ」
「ああ! 人の感動シーンを無下にしやがって〜」
「ははは、相変わらずだなぁ。一稀は」
こんなふうに世間話をする時間も楽しい。
多岐は幸せだと思った。
たとえ願いが叶わなくとも、隣にいるだけで嬉しいことは中々ない。
緩んでいく口許。
…………母さん、俺は元気だよ。
元気に楽しくやってるよ。
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