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ひとりと独り

「____あー、もしもし、父さん? 久しぶり」 誰もいない2Kの部屋で多岐は腰を下ろす。 埼玉には両親の実家がある。 母は神経症を患い多岐が5歳の頃から埼玉の大学病院で入退院を繰り返しているため、父と電話で話すのも1ヶ月ぶりだった。 子どもの頃は祖母の家で暮らしてきた多岐だが、未成年のために年に2回病院に行けるか行けないかで見舞いへ足を運んでいた。 『どうだ? 大学は順調か』 「うん、また友人もできたしバイトもサークルも楽しいよ」 『……そうか。蓮太のその言葉が聞けるだけで、俺も母さんも安心するよ』 「……」 本当は隠していることがある。 だが言えない。 ただでさえ苦しく辛い経験をしている2人に爆弾を落とす行為だ。 「俺はずっと元気だよー。だってほら、バカだから風邪引いたりしないじゃん?」 『はは、たしかに健康体だ』 「あーちょっと、そこは"お前はバカじゃない"って言ってくれるノリでしょ〜」 『相変わらず子どもだな、蓮太は』 「むー、だって父さんの子だし」 『またフリーの日に連絡してくれ。母さんは蓮太に心配かけたくないみたいだけど、きっと見舞いにきたら嬉しくて仕方ないよ』 「……うん」 会いたい。 それは5歳の頃から変わらない。 母の美郷は毎日薬を飲まなければ足先からくる麻痺で歩くことさえ困難だった。 そんな状態で我が子に会いたくないと美郷が泣きついて以来、父である良文が「なるべく来ないでくれ」と頼んだ。 悲しくはあったが、両親を支えることは困難でない。 多岐は一人暮らしを始めてもなお両親へのプレゼントを時々配送している。 「じゃあね、父さん」 『ああ、なにか困ったことがあったらいつでも連絡するんだよ』 「うん、ありがと」 通話を終えてホっと息をつく。 まただ。 「やべ。薬飲むの忘れてた」 誰にも言えない秘密。 多岐は18歳から抗うつ剤を服用している。 自覚したのは14歳だった。 なんの前兆もなく過呼吸が起こり、不安で立ち上がれなくなるときが何度かあった。 それがパニック障害と診断されたときはわけが分からなかったが、20歳になってようやく病気なのだと納得する。 原因は恐らく。 「ふふ〜ん、ふふふふ〜ん……あ」 ライチ水と書かれたジュースを冷蔵庫に見つけ迷いなく手に取ったが、当の薬がない。 大学に忘れてきたようだ。 万が一の発作が起きても大丈夫なのように一度も手を離すことはなかったのに。 仕方ない……今日は普通に寝よう。 そうしてベッドに横になった多岐だったが、結局一睡もできなかった。 「おはよう〜っ、多岐りん!」 「はよー!」 午前10時頃。 多岐と信濃は1限の講義に行かず庭先で落ち合った。 信濃がモデルをしてくれと頼んだのがきっかけで、多岐は何となしにベンチへ座る。 「うわぁ、ムカつくけど映えるわ〜」 「やーい。しなのんカメラマンだぁっ」 「ちょっと多岐りん! 足バタバタしないで! もっとかっこつけてよ」 投げられた丸いぬいぐるみ。 どうやらサメらしく、多岐は「ぶふっ」と吹き出した。 「かわいっ! なにこれ。サメぇ〜!」 「もぉぉ、子どもか! その笑顔でいいから、視線こっち!」 サメのぬいぐるみを両手に抱いてカメラへ視線を向けると、カシャッと何度も音がなる。 「しなのーん、恥ずい〜」 「サメ投げてあげたじゃん。我慢我慢っ」 信濃は学内のコンテストで写真を応募すると決めている。 そのモデルは多岐に頼んでいた。 他の同好会メンバーが多岐をモデルとして勧誘していたが、それは先約がいるのでと断ってある。

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