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ひとりと独り

「よし、OK!」 「見せて見せて〜!」 ベンチに座った信濃が一眼レフを操作する。 ワクワクしながら待っていると、「多岐くん!」と呼ぶ声がした。 同級生の美優だ。 「あ、美優ちゃんじゃーん!」 「なにしてるのー?」 「写真だよ〜。しなのんがカメラマンで」 「わぁ! かっこい!」 「でしょ? 俺ってやっぱ映えちゃうからな」 多岐のノリの軽さはいつも変わらない。 女友達が多いことから「女たらし」の異名をつけられているが、本人はさして気にもしない。 男にしか恋愛感情を抱かないことが誰にもバレないのは複雑な反面ホッとする。 「多岐りん! 協力してくれたお礼に昼は奢ってあげる」 「マジで! 今日ちょうど弁当忘れてたんだよ〜! 嬉しいっ」 「ほんとギャップ萌えだわ〜。わたし達講義があるからじゃあね、美優ちゃん」 「ばいばーい」 「はーい」 美優とは別れて一眼レフを眺めながら講義室へ向かう2人を影から凝視している男が1人。 男は口許に薄く笑みを浮かべると、その場を去っていった。 「____多岐、やあ」 「京ちゃーんっ」 数日も経てばすっかり打ち解けていた多岐と京極。 もちろん多岐は緊張しっぱなしだが、それでも以前ほどドキドキして落ち着かないことはない。 「俺、来週に本番があるんだけどよかったら見にこない? ホール公演」 「え! 行きたい! しなのんも誘っていい!?」 「もちろん。俺の名前で予約していい?」 「それでお願いしますっ」 瞳を輝かせる多岐を京極はハハハと笑う。 「あれだったら今日、一稀の家行くから来なよ。マンションだけど2DKの広い部屋」 「!」 あ、どうしよう。 多岐は足先から感じる熱を隠そうと身をよじった。 男の部屋。それも京極のいる部屋。 そんなの意識するに決まってる……! だが、断る理由を探しても見つからない。 行っていいんだと愉悦の声を上げたのは自分自身だ。 「えと、その……行っていいなら」 「決まり。いいよな、一稀」 「あ? なに」 斜め後ろを歩いていた榊原は話を聞いていなかった。 「だから家、多岐も行っていいだろ?」 「はぁ、めんどくさ」 「ひっど! 俺なんもしてないじゃんっ」 「おまえギャーギャーうるさいし」 「大人しくしてますー!」 相変わらずといえば榊原と仲が悪いことだ。 関係はよくなるどころか悪化している。 京極はそれを面白げに見やりながら、いつも2人を静める役に回っていた。 「一稀はもっと素直なら可愛げあるのになぁ」 「素直だろ、俺はいつも」 「いつもじゃない。たまにだよ」 大学を出て自転車置き場へ着くと、多岐は自転車を持っていないことに気づいた。 「サッキー後ろ乗せて!」 「は? 誰がサッキーだ」 京極に乗せてほしいと頼むメンタルはない。 あえて榊原に頼んだ多岐は、渋々とタオルを渡されて笑みを浮かべる。 「サッキー優しい」 「だからそれやめろ、キモい」 「落とすなよ〜。一稀」 「滑って落とすかもな」 「わざとじゃんそれ!」 京極に続き、多岐を乗せた榊原の自転車が発進する。 1つ困ることといえばこの匂いだ。 柔らかいチェリーの香り。 多岐はこの匂いに弱かったようで、意識的に榊原へ抱きつくことはしなかった。 「あ、ケーキ屋寄ろう」 「やったぁ! ケーキ〜」 「ガキか」 「多岐は20歳になったばかりだろ? お祝いってことで!」 「俺、ケーキ大好きっ!」 誕生日は一人暮らしをし始めてから電話での祝いだけだ。 自分自身にケーキを買って1人で食べることもしなかった。虚しくなるから。 だからこそ京極の言葉は胸に響くほど嬉しいものだった。

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