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忘れられない記憶

人は得意じゃない。 多岐は三田神社の鳥居をくぐり、茫然と立ちすくんだ。 京極との距離が近づいて数日経った。 意外と優しい口調なのだと知って、よくこの神社でも話すようになった。 でもそれは、多岐の望んでいた道と少し違う。 遠くから眺めるだけで十分だった。 付き合ってほしいなどとは思っていないし、告白する気も毛頭ない。 だがこれでは好意がバレるのも時間の問題だ。 好きじゃない好きじゃないと自分に言い聞かせるのは正直疲れる。 「……はぁ、なんで俺は男なんだろ」 疑問だった。 男が女を、女が男を好きになるのは自然の摂理というものでごく普通のことだ。 だが、同性に抱く恋心というのはどこからくるのだろう。 なにに惹かれ、なぜ子どもの産めない体に欲情するのか。 今まで何度も考えてきたが結局答えは見つかっていない。 「おまえ誰?」 「ん」 手水舎の方から聞こえた声に顔を上げると、和の袴を着た中学生くらいの少年が柱にもたれて立っていた。 多岐は唖然としたあと、もしやこれは妖怪ではとあらぬ妄想を繰り広げる。 「……きつねか」 「は?」 「いや、ヤタガラスって可能性もあるな……それか須佐之男(スサノオ)の神様っ!」 「な……なんだよ、おまえ」 目を輝かせる多岐を少年は引き気味に見上げる。 竹ぼうきが石に擦れて心地いい音色を奏でている。 「だってキミ……妖怪でしょ」 「んなわけあるか! 人間だし!」 「ちぇ。なーんだ、人間か」 「その反応おかしい逆! てかオレが妖怪に見えたってあんた普通に頭イカれてるだろ!」 口をとがらせる少年に多岐は呆然とした。 神社や神道のうわさを信じ始めるとこうなってしまうのだ。 いわゆる信者。 コミュニケーション能力のある多岐が友達をなかなか作れないのはこのオカルト的な趣味のせいだった。 「ちょっと憧れるじゃん、ファンタジーの世界ってさ」 「どこが……」 「現実にはない非科学的な世界へ行きたい人って、きっとたくさんいるよ〜」 「へえ……あんたは現実が嫌なの」 「え? 嫌ってわけじゃないけど、そういう現実とかけ離れた世界で生きてみたいなって好奇心はあるかなぁ」 おどけた表情で言った多岐に警戒心をなくした少年__葉琉(はる)は竹ぼうきを提げて拝殿へと足を進める。 「あれ? なぁ、キミ名前なんていうの。俺は多岐蓮太! 名前教えてよ」 「……葉琉」 「へー」 「興味ないなら聞くな!」 「ふは、可愛い名前じゃん」 「……」 「葉琉はここの神社の子?」 「バイト」 「え? 男でバイトってできたっけ」 「普通できないけど、オレは親いないし遠い親戚が管理者だから神職じゃなくても雇ってもらってんの」 「……わぁお」 しっかりした振る舞いの中学生だな…… 親がいないと聞こえた気がしたが、そこには深く触れないでおこうと思った。 「葉琉ってさ〜、中学生だよね?」 「高1」 「すいません」 「……」 「俺、ここの神社好きなんだ。葉琉は好き?」 「全然。つまんないし、なにがいいのか分からないけど」 全否定…… メンタルの強い多岐でさえ今の即答はきた。 「いつもここに来てるじゃん。なんで?」 「え? なんでって……好きだからだよ」 「ふぅん」 拝殿のなかへと入っていく葉琉を追いかけるわけにはいかず、多岐は賽銭箱の前で見送った。 踵を返して鳥居をくぐっても呼び止められることはなかった。 少し、期待しちゃったな。 呼び止められるかもって……どうしたんだろ、俺。

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