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忘れられない記憶

いつも声が聞こえてくる。 『多岐がオレのこと好きだって!』 『ムリムリ! 男は男と付き合えないんだよ!』 『きもちわるぅ〜!』 初恋は小学生。 まだ同性愛についてよく理解していなかった多岐はクラスメイトの少年に『好きです』と伝えた。 相手が悪かった。 少年は発狂するようにクラス中に言いふらし、多岐を邪険もの扱いした。 翌日から多岐はいじめの対象となり、傍観者となった友人もいた。 そのときからゲイは駄目なことだと多岐のなかで納得し、誰にも言わないようにしていたが。 中学2年の頃に多岐は告白を受ける。 相手はなんと男で、多岐の気になっていた人当たりのよさそうなサッカー部員だった。 小学生以来の緊張が走ったが、誰にも言わないよと諭されて手を握り返した。 『____マジでゲイなんだ』 「……え?」 男はそう呟くと、多岐の手を振り払い教室へと戻っていった。 後から聞けば多岐がゲイではないかと嗅ぎつけたクラスメイトが罰ゲームで回した男で、好意は1ミリもない。 案の定、多岐のうわさは学年中に広められた。 パニック障害を患ったのはその頃からで、高校生になった多岐は心療内科を受診した。 両親や祖母には「病院に行く」とだけ伝えて詳しくは話していない。 自立支援医療制度を利用して1割負担となっているため治療費には困らないが、2次障害を起こしてしまうと就職時に支障が出る。 そこで選んだのがバイト先である喫茶&レストランへの就職だ。 安定した職に就きたい気持ちはあるものの、障害がある以上目を瞑るしかなかった。 「いらっしゃいませー」 「わァァ……! ここ、俺のバイト先と一緒だ」 レストランに着くと、多岐はオシャレな内装に心を踊らせる。 系列店が海沿いにあるとは知らなかった。 奥のテラス席から青い海が見える。 「サッキー! 俺あのテラスがいい! 海見えるとこっ」 「分かったからちょっと落ち着け。テラス席2名いいですか?」 「はい、ご案内いたします」 ドキドキしながら案内された席につく。 晴れた夕空の真下にはキラキラと輝く海が広がっている。 「ご注文決まりましたら、こちらでお呼びください」 「はぁ〜い」 「……海ってそんないいか?」 「いい! 潮風のいい香りがする〜」 目を閉じて遠い海を感じている多岐を、榊原は真顔で見つめた。 本当は寂しがりなのだろう。 ふとそう思う。 「早く選べ」 「あ、ごめん。サッキーどれにすんの〜?」 「俺の選んだメニューで変えるなよ」 「参考程度に!」 「ステーキ定食」 「ひゃぁ、男らしいのね!」 「なんだそのキャラ……」 あはは、と自然に笑みがこぼれる。 多岐はおろしハンバーグ定食に決めた。 こんなにも落ち着いて会話ができるのは新鮮だ。 榊原は本当にいいやつなのだと思う。 「サッキーそんなに性格いいのに彼女できないなんて意外」 「彼女なんて作らねえ」 「なんで?」 「なんでもだ。ほら来た、先に食え」 榊原が彼女を作らない原因はなんなのだろう。 気になるが聞きづらい。 「サッキー小皿寄せて」 「は? なに」 「ちょっとあげるー」 「いらねえよ、ステーキもハンバーグも一緒だろ」 「違うし、ハンバーグには愛嬌があるんだ」 「意味が分からん」 呆れた視線を向けられると笑いそうになった。 ステーキ定食が運ばれ、口に入れなくてもおいしい匂いが漂ってくる。 それに目を細めていたらさりげなく皿にステーキのこま切れを置かれた。 「わ」 「仕返しだ」 「ぶふ、お返しじゃなくて?」 「全部食わすぞ、デブ」 「デブじゃないし。ん〜、おいひぃ」 多岐の口許にソースがつく。 やれやれと手を伸ばした榊原が指で拭うと、ビクッと肩が震えた。

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