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想い人

「____」 目が覚めると、窓の外から微かに夕日が差し込んでいた。 焦って体を起こす。 榊原はソファに深く腰かけて腕を組んだまま眠っていた。 ……ずっといてくれたんだ。 胸の奥でトクンと小さな音がする。 毒舌の割に面倒見のいい男だと思う。 「サッキー、起きて」 肩を揺すぶると数回目で榊原も目を覚ました。 多岐の調子は戻っていて、榊原と空き講義室を出てそれぞれの家に帰った。 数日後、信濃と多岐は京極達の公演がある大ホールへと向かった。 大学の同級生らしき客や家族連れなど多くの人で賑わうロビー。 受付係にチケットを渡して資料をもらうと、開場しているドアからホールへと入る。 「わぁ〜、広すぎ」 「多岐りんは舞台見るの初めてだっけ? マジで感動するよ! 期待してっ」 「ひゃあ、楽しみ。京ちゃんの美声が聞けるんだなぁ〜!」 ドキドキしている心臓を押さえて前席の方に座った。 脳裏に榊原と軽い稽古をしたときの映像が流れ、なぜ今なんだろうと首を振る。 「多岐くん!」 「あ、美優ちゃん!」 ドレス風のワンピースに巻かれた髪、化粧もバッチリ決めた美優は多岐から見ても美人だ。 「今日めっちゃ可愛いじゃん! そういう服も着るんだ〜っ」 「……えへへ、そうかな? よかったら隣座りたいんだけど」 「え、全然いいよ! 座りな〜」 相変わらずの調子で女性を乗せる多岐はヘラヘラとしていて、美優は頬を赤らめながら隣へ腰かけた。 信濃は売店で飲み物を買っているところだった。 「多岐くんは誰目当て?」 「俺は京ちゃんのファンだよ。京極千里」 「本当に!? わたしと一緒だっ」 「えーマジ? 運命的ーっ」 美優は嬉々とした表情で京極のよさを語り始め、多岐もうんうんと共感していた。 戻ってきた信濃がニヤニヤとして多岐を肘でつく。 「く、くすぐったいな!」 「ちょっとちょっと〜、できちゃってんの」 「バカー、友達だし」 「そ、そうだよ! わたしが隣に座りたいって言っただけで」 「あー構へん構へん、好きにしいや」 なぜ関西弁? ぷふっ、と吹き出して疑念の目を向ける。 信濃は仲がいいがゲイとは知らない。 現に友人で知っているのは榊原ただ1人だ。 美優と付き合うことはないというのも知らないだろう。 公演開始時刻。 緊張感が漂い、会場は静寂に包まれた。 幕が上がって始まった西部劇のような芝居は、多岐の目を釘付けにした。 稽古場で見る本気とはわけが違う。 役者が物語の人物そのものになっていて元の人柄が分からなくなっている。 セリーナ役の京極もそうだ。 西洋の衣装は手作りと聞いていたが、クオリティが並ではないうえに低音が心地よく耳に響く。 言葉ひとつひとつに鳥肌が立つ。 中盤に差し掛かり、ディール役の榊原が舞台上で忙しなく動く。 「セリーナ、お前の目的はなんだ。俺には妹を助ける使命がある」 「……ふ、それはまだ言えない」 「なぜだ! なにか悪い企みでもしているのなら許さんぞ」 「安心してくれ。俺はディールの味方だ」 ……サッキー、かっこいい。 ゾクゾクと背筋から逆毛立った。 赤をメインに化粧の施された榊原はいつもの数倍男前で、思わず目をそらしてしまう。 かっこよすぎる…… 流す視線にドキッとし、観客の女性達もそうなのだろうかと周囲を見渡せば、案の定うっとりとしていた。 彼は男をも虜にする魔性の男だ。 「イケメンすぎ」 「……分かる、京極くんすっごくかっこいいよね」 隣で美優が言った。 ああ、話が噛み合わない。 だが多岐は言い直さずに、うんと頷いた。 舞台公演を終えて役者達が観客席の通路を通って廊下へ出ていく。 キャーっとアイドルに向ける黄色い歓声が会場を包み込み、多岐も「キャー、かっこいいー!」と冗談ぽく叫んだ。 「あははっ、多岐くんおもしろ」 「いやぁ、ファンですから俺も」 「多岐りんは粘着率NO.1だからね!」 「嫌な言い方!」 3人で笑った。 アンケートを記入して廊下へ出ると、美優と信濃は真っ先に榊原の元へ向かっていた。 それを見るとなぜかついて行けず、多岐は入口で京極の姿を探す。 「あ、京ちゃん! おつかれ〜!」 「ああ、多岐。ありがとう!」 両手でハイタッチして、いかに京極の演技が凄かったか熱弁する。 「べた褒めじゃないか」 「いや、本当に! 超かっこよかった!」 「ありがとう」 ぽんぽんと頭をなでられて照れくさくなる。 信濃達はまだ榊原と話していて、緊張感から傍に行くことができなかった。

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