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ハチノスに帰ってきた。自分の部屋のノブを引くけど開かない。そもそもこの部屋には鍵はない。いつのまにか間宮はドアの下に小さいつっかえ棒みたいな鍵をつけていて、それでドアを封鎖した。入った時にドライバーを用意して取ったこともあるけど、またすぐにつけられて、いたちごっこなのであきらめた。鍵が閉まっているということは間宮はいるみたいだけど、学校には、ちゃんと行ってるのか定かじゃない。  夕飯の時間になったので、ダイニングで食べた。食事はいつも三宅さんが朝市と言われる別棟の食堂までレストランで見るような台車に乗せて取ってくる。食べたら食器は各自で洗って台車に乗せて置くと、学校の行きしなに三宅さんが返却してくれる。三宅さんと一緒に食べたら彼が食器を洗ってくれるから楽だ。たぶん僕と同じ理由で、嵯峨崎さんと久河さんと鈴木さんが同じ時間に食べるので、食卓はわりとにぎやかだ。  食卓に着かない間宮と葉山さんは食べない。だから朝に誰かが食べてる。七瀬さんは帰ってきたら食べてるみたいだけど、僕は部屋が遠いこともあって、その姿をほとんど見たことがない。 「もう、この二人分、飯とるのやめたら?」  鈴木さんがそういって、ラップにかかった八宝菜をつついた、どろりとしたあんがラップにへばりついている。 「でも定額でお金入ってるからな……」 「余った分で、菓子でも買えばいいじゃん」 「もうお菓子はいらないでしょ。つねにあんだから。嵯峨崎、買いすぎなんだよ」 「なんでうまいお菓子って、一個売りしてないんだろうな」 「嵯峨崎さんの買うお菓子ってみんなカロリーたかいのに食べすぎるんだよな。俺、絶対太ったわー」  いつもみんなそこそこに話すから、楽しい食事だった。久河さんも三宅さんも鈴木さんも明るいし、嵯峨崎さんもノリはいい。本当にここは噂のハチノスなのだろうかと思う。でもこのあまった食事が問題がないことはないことを証明してる。  部屋は一日入れないわけじゃない。間宮もお腹はすくし、風呂だって入りに行く。間宮は僕がご飯を食べてる間に抜け出すので食べ終わるころにはいつも部屋に入れた。  やっと入れた部屋は8畳ぐらいの広さで、奥には二段ベッドがある。下段は布団が乱れて、使った跡があった。  部屋を開けてすぐ、扉の両脇には机がある。どちらの机も綺麗に使われていた。ほかにあるのはひとつの備え付けのクローゼットで、ちょうど半分をきっちりとはみださないように各々で使っている。僕が初めてこの部屋に入ったとき、もう間宮の引っ越しは終わっていた。間宮は中等部からの寮生なので、荷物は早くに持って来ていたそうだ。間宮はどちらかというと荷物が多い。クローゼットに僕は空きがあるけど、間宮はみっちりとしてる。制服と服がクローゼットからかかり、カラーボックスには意外にも小説が入ってる。それは全部半分からはみ出さないように押し込んでいた。  間宮は、この部屋を一人だけの部屋とは思ってない。僕の領域を絶対に間宮は侵さない。クローゼットも机も触られた形跡があったことがない。彼が鍵を閉めるのは僕に部屋に入るなっていう理由じゃないのだ。 「僕がものすごく嫌われてるわけじゃないと思うんだけど」  やっと制服を着替える。ハーフパンツとTシャツになって伸びをした。机に座って宿題を済ませていく。  夜はだいたいに2パターンで僕がお風呂に行く間に帰ってきて閉めて寝るか、このまま帰ってこないかだ。帰ってきたら、僕は締め出されてしまうのでリビングで泊まることになる。三宅さんがリビングで布団を引く横で、僕はソファで寝るのはもうよくある光景だ。  朝は早いようで間宮はそうそうに寮を出るので、部屋に入れる。たぶん、僕が入れないから出ているのだと思う。噂では間宮は学校をさぼりがちだから、部屋を出る必要はない。  自己中心だけど、まったく周りがが見えてないわけじゃないと思う。  人間誰しもが、誰からも嫌われるなんてことはないと僕は思うのだ。母も父も僕は嫌いだけど、会社の人には慕われてるのだろう。祖父も厳しかったど、亡くした祖母のことは溺愛していて、仲はよかったらしい。両親から嫌われていた兄も、仲間と僕に慕われている。  間宮も誰かには好かれていると、思う。せっかく同室になったのだから、僕は間宮を好きになる側でありたい。

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