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「葉山さん」  声をかけて見た。でも唾液がしみこんだ布が邪魔してるから、通じたかはわからない。 「よくわかったな」  久しぶりに顔から布が外された。外の光が乱暴に降り注いでる。まだ明るい。回りは白い線を引くものや、サッカーボールの入った籠なんかがしまわれている。葉山さんはどこかぼんやりとしてる。 「逃げなくてよかったんですか」  葉山さんは無視だ。どうせなら、手もほどいてほしい けど、葉山さんは外をぼんやりと眺めてる。 「おれだけ、はぶられてんだよな」  葉山さんはなんだか泣きそうだった。いつものあからさまは不良な態度ととはにつかわない。 「寂しいんですか」 「そんなわけないだろ。ちげーよ」  短くため息を吐いた葉山さんは近くにあったすのこに腰掛ける。動く気はもう失ったみたいだ。 「じゃあ、どうしたんですか」 「どうでもいいだろ」 「僕、やられてたんでどうでもよくないですよ。それに、このあと、僕はちくりにいくとして、情状酌量しといたほうがよくないですか」 「どうでもいい」  ほんとにどうでもよくなったみたいだ。葉山さんはあんなにも兄が嫌いだと言ってたのに、なにもかもすっぽりと抜け落ちたみたいだった。 「葉山さんは兄のなにが嫌いだったんですか」 「チームをぶっ壊したこと。俺から総長を取り上げた」 「総長が好きだったんですか」 「きもいな。好きとか」  葉山さんは床をじっと見てから立ち上がった。僕の方に近づく。手と胴体と、足をくくっていたビニールひもをポケットに入っていたライターでもやして切った。 「うちの総長は、乱暴者で極悪だったよ。ブラックナイフは代々バカで粗暴な奴がはいる最低なチームだ。でも、総長は本物の獣だから、純粋にけんかが楽しくて、切れることはあっても、悪いことには興味がなかった。それが総長の唯一のいいところだ。こんなことすんにのは総長のブラックナイフじゃねぇ……。俺はチームを下りるし、学校もやめる。今日のことも言えばいい。うちの学校は不良同士の争いはゆるいけど、一般人の訴えはよく効く。お前は新見の弟だけど、一般人だ。みんな退学だ」  久しぶりに解放された。立ち上がろうとしたけど、痛くてよろけて思うように立ち上がれない。 「やめるんですか」 「どうでもいい。TNGを殴ったって、お前を殴ったって、総長がいなければおもしろくもなんともねぇ」 「兄に一泡吹かせなくてもいいんですか? 兄は僕のこと溺愛なんで、ぼこぼこのボロボロにしたら効果てきめんですよ。なんでも言うこと聞いてくれます」 「総長がいねぇと意味ねぇし。そもそもうちの総長はそういうの嫌いなんだよ。頭悪いから、そういう計算はできねぇんだ。それに総長は新見に負けたことを認めてる」  ははと乾いた笑いをした。なんとなくわかる気がした。葉山さんは単純でバカっぽいイメージだ。だからすぐ手がでる。でも恨みは持続できなさそうだ。たぶん総長もそういう人だったんだろう。兄もどちらかというとそういうタイプの人だった。 「帰りましょう」 「は?」 「もう、帰りましょう」  やっと立ち上がった僕を葉山さんが見上げる。気持ちよいぐらいに頭がおかしい奴を見る目だ。 「僕は、理不尽に殴られたと思いました。でも、葉山さんもきっと理不尽にチームを解散させられたんでしょう。ならあいこです。葉山さん、三宅さんがいつもご飯が残るから困ってましたよ」 「また、殴られるかもしらねーよ」 「葉山さんはもうしないんでしょ。ほかの人のことはまた考えます。いつもは実はけっこう気をつけてるんです。今日は油断しました」  普段なら、できるだけだれかと一緒に行動するし、大きい道を人通りのある時間帯に歩いてる。自分が狙われやすいのはわかってるからそういうことは実はしている。音のなるおもちゃと催涙スプレーもベルトにつけている。全く使えなくて意味がなかったので、考える余地はあるけど。  今日は呼び出されたのがうれしくてなにも考えてなかった。それが罠なんて知らずに。まさか間宮がブラックナイフと繋がってるとは思えないので、手紙を入れるところが見られて、手紙で連絡先を知られたんだろう。油断した。 「誰が、助けにきてくれたんでしょう。大丈夫なんでしょうか」  そもそもの呼び出しが立ち入り禁止の場所だったし、ここも人通りが多いとは思えない。いったいどこの誰がどういう経緯でここまで来て助けてくれたんだろう。 「間宮、だった」 「えっ」 あまりの衝撃に頭がしびれた。

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