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 兄はなぜ夜の街に出ることになったか。それは僕にある。  もともと僕の両親は重度のワーカーホリックだった。毎日毎日仕事で、家で顔を見ることはない。家事は二日おきにくる家政婦さんがすべて行っていた。ほしいものはなんでも、家政婦さんに言えばかって来てくれたし、必要ならば参観も懇談も家政婦さんが出ていた。両親はそれで育児をしているとおもっていたし、事実上こまることは何もなかった。  でも、やっぱりそれはダメなのだ。  小さなときから兄は切れやすい子供だった。なんだかんだで愛情不足だと僕は思う。  たまに両親とあえば兄は突っかかっていた。小さいころは泣いていたけど、大きくなってからはつっかっかってばかりいた。それを両親は無視していた。めんどくさいと思っていたんじゃないかと思う。 「あいつらはだめだ。きっとほんとうのお父さんとお母さんじゃないんだ。どこかにほんとうのお父さんとお母さんがいて、俺たちを待ってる」 それは小さい頃の兄の口ぐせで、両親と喧嘩というか一方的に拒否されたとき兄が決まって言うセリフだった。 「うん。そうだよ、きっと」 「でも、お前はほんとうの兄弟だ」 兄はいつもそういって泣きながら僕を抱きしめた。それがあまりに力強くて、苦しいと思いながら僕は兄を抱き返した。  僕は両親に歯向かったことがない。両親に愛情がなくったって悲しいと思ったことはなかった。だって僕には兄がいた。兄はどれだけ外にでれば問題児でも、僕にだけはとても優しかった。僕の世界は兄しかいなかったし、兄がいれば十分だった。  すっかり忘れていた三宅さんへの連絡をして、ハチノスに戻る。依田は今日のことやブラックナイフや周辺の不良を調べると詳しい先輩のもとに行き、横尾は間宮を探してくると出て行った。ハチノスまではさっきの今だからと、もう寮内だけど大浴場に行くついでにと東が送ってくれた。東はまったく今日の経緯を知らなかったようで、どうやら気を使って洗濯にいってきかないでいてくれたらしい。東らしいけど、別に聞かれてこまることでもなかったので、話しながら部屋に向かった。 「じゃあ、今日はもう帰って寝ないとね」 「そうなんだけど、間宮をホントは探したいんだ。どうなったか心配だし」  間宮はちゃんと逃げれたんだろうか。心配で探しに行きたいといったけど、もちろん却下された。依田か横尾がなにか情報を得てくれたらいいんだけど。 「友達って、すごいね」 「そうだね。横尾はおせっかいだし、依田も優しい人だし」 「東も優しいよ。しかもかしこい」  さっきまでは平気な気がしたのに、歩くと体中が傷んだ。しばらくは大浴場にいけないだろう。目隠しを取れることをおそれたのか、顔の周辺はケガしてないことが救いだった。 「間宮戻ってくるかな」  携帯を出す。知らないあいだにかどに傷ができている。これぐらいですんでよかった。そうしてくれた本人にはやくお礼をいいたい。そして、なんで助けてくれたのか聞きたい。 「間宮はなんで助けてくれたんだろう」  それが不思議でたまらなかった。まさか正義の人じゃないだろう。僕が好かれてるわけでもない。 「ブラックナイフに恨みがあったとか?」 たしかにそれはまず思いつくけど、あまりピンとはこない。  横尾はなぜか普通に間宮と話せたらしいけど、コツがあるのだろうか。なんでもいいから、今日は帰ってきてほしい。間宮も疲れてるはずだ。  横尾からの連絡はなかった。見つからなかったそうだ。でも、依田いわく、今日は風紀の出動はなかったようで、目立ったけんかもなかったそうだ。間宮は今日はひとまず逃げ切ったのだろうというのが依田の見解だった。  ケガがすごくて、ひとつのアクションがいちいち痛い。玄関でひいひい言いながら靴を脱いでたら久河さんが洗面所から出てきた。 「どうしたの? ケガすごいね?」  玄関のすぐ前の扉が洗面でその先がお風呂なので久河さんは今、風呂をでてきたところらしい。僕の手の包帯とぼろぼろになったズボンを見てる。 「今日は、部屋風呂にしとく?」 久河さんは親指で洗面所の戸を指した。 「はい。そうします」 「俺のシャンプーとか使っていいよ。椿ね。嵯峨崎も別に使っても気づかないし、怒らないだろうけど」 「ありがとうございます。あの……」 「何?」 久河さんはにこにと聞きかえした。今、風呂を出てきたんだろうけど、髪は完璧に乾かされてる。 「今日、僕の友達がここに来たみたいだけど、久河さん、会いましたか」 「会ったよ。中には誓約書書かないと入れないって話して、新見と間宮がいるかいないか教えてほしいみたいな話をした」 「そうですか」 「うん。二人ともいなかったけど、まったく知らない子が探しにきたからなんだろうと思って、話聞いてたら、急いでたみたいで、ちょっときれてたね」 わるいことしたな、って顔を久河さんはしたけど、そんなことみじんも思ってないだろう。彼の性格はもうわかってる。 「みなみちゃん、そんなけケガしたってことは、本当に捕まってたみたいだね。ブラックナイフでしょ」  にこにこと僕の手を見て久河さんは言った。久河さんはどんな話題の問いもたいていにこにこしてる。それが怖い。 「みなみちゃん、拉致られたんだよね。手ぶらだけどかばんどうしたの?」 「あっ!!」 一気体の血が冷めた。そういえば、帰りにそのまま拉致られたから、かばんと上着もいつの間にかない。どうして気づかなかったのか。現場に落としてきたんだろう。教科書や文房具はもちろん財布もあの中だ。現金はさほど入ってないし、カードも暗証番号があるから悪用されることはないと思うけど心配だ。  今すぐにでも取りに行きたいところだけど、いろいろな手前行きにくい。 「どうしよ」  いや、もしかしたらとられてるかもしれない。  玄関で上がることもでることもできすに立ち往生してると、扉があいた。 「あっ、こんな時間にめずらしいね」 久河さんが後ろからきた人に話しかける。振り返ると、何かを顔にぶつけられた。  思いっきりあたって涙目になっている僕の前にいたのは葉山さんだった。僕の顔からジャケットが落ちて、葉山さんはカバンを僕の足元に投げた。

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