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「僕のですか」
「そうだよ」
葉山さんは靴を脱いで部屋に上がった。さっさとリビングに入るものだと思ったら立ち止まった。振り返るとその目は僕を促している。
うけとったかばんもそのままに後ろをついていった。
葉山さんはリビングのソファにどかりと座った。その様子に部屋にいた三宅さんが一瞬動きを止めている。
ぼくは遅れてコの字のソファの向かいに座る。遅れて部屋に入ってきた久河さんを合わせた四人で一時の沈黙が流れた。つきっぱなしのテレビは明日のお天気は雨と天気予報は告げている。
天気予報が終わると、葉山さんは話し始めた。
「あの後、間宮にちくられたら困るからって、何人か追いかけたけど、運動場に出られて、目立ってしゃあないから、追いかけるのをやめたそうだ。さすがにそんな人の多いところではけんかできねぇし。そんで、間宮が連絡したんだろう風紀が倉庫に来た。俺は証拠隠滅のために、お前の荷物を持ってるところを見つかった。落ちてたのが同室のものだから、拾ったって言って逃してもらったけど。明日にでも、風紀がおまえのところに行くだろう。で、」
そこで、葉山さんは煙草を出した。自然に出したそれはマルボロの8Mだ。
「タバコは俺の前では禁止だ」
話に入っていいのか悪いのかキッチンのほうにいた三宅さんが煙草を没収した。代わりに、紅茶を入れてくれてる。お供はパインのドライフルーツだ。
葉山さんは三宅さんをにらむけど、ため息をつくだけだった。
「間宮は……、そのあと、結局探して捕まえた。今、ブラックナイフのメンバーの部屋だ」
「えっ」
「お前が、風紀に俺らのことを黙っててくれれば、間宮は離す」
「言わない。絶対に言わない。だから間宮、離してやって。そんで間宮に、今後、手を出さないって約束して」
葉山さんをまっすぐ見た。できるだけ冷静をふるまう。
「お前じゃなくていいのか?」
葉山さんの言葉の意味はすぐには分からなくて。とにかく返事した。
「うん」
葉山さんは携帯を出した。仲間の人に連絡を入れた。葉山さんは穏やかに連絡を取っている。机の上のドライフルーツはとてもおいしそうだけど、それを嚥下するような力は出てきそうにない。
「連れてくるそうだ。だから今と同じように言ってくれ。それでこの件は終わりだ」
良かった。しかも連れてきてくれるなら間宮と話すこともできて一石二鳥だ。
「ありがとうございます」
お礼を言ったら葉山さんは思いっきりため息をついた。
「なんでお礼いってるんだよ。お前完全に不利だぜ」
葉山さんはポケットに手を入れてから煙草がないことに気づいて舌打ちをした。
さっきのお前じゃなくていいのかの意味が分かった。手を出さない約束は間宮でいい。
「僕が弱いから、仕方ないことです。間宮は関係ないから、解放してもらえるならよかったです」
「おまえ、意外とシビアなんだな。そんな顔で。まぁ、しばらくはブラックナイフはお前を追わないだろう。風紀も馬鹿じゃないから、マークされるだろうし」
「そんなに風紀って怖いんですか」
「うちは、ただの頭の悪いバカの集まりだ。退学や留年はしたくねぇやつが多いんだよ。今の総長が屑だから暴走してるだけで、学内で暴力沙汰なんてことはめったにしない。チームが固まってないから、バカのエネルギーが有り余ってんだ。そこに格好の獲物が来たもんだからな」
「葉山さんも僕をぼこぼこにしたいんですか?」
「してぇよ。でも、総長はいねぇし、新見が逮捕されて日がたってる。俺は一人で勝手に発散したし、もうその熱もきえた。それでも、お前は死ねって思ってるけど」
チャイムがなった。ブラックナイフの人だろう。
三宅さんが出て行ったので、僕らも後ろをついていった。
玄関には二人の不良が間宮を連れてきていた。間宮にはみえるかぎりでは外傷はないがじっさいはどうかわからない。
「僕は、言いませんので」
それだけ言うと、不良は間宮を離した。
「もし、漏れてたらこいつにもお前にも続きするからな」
不良は不機嫌に床にあった靴をけって、葉山さんを見た。葉山さんは蛍光のサンダルに足を突っ込む。
「葉山さん、どこ行くんですか?」
葉山さんは無視をした。
「ちゃんと帰ってきてくださいね」
葉山さんは振り返ることなく出て行ってしまった。その様子を見送って三宅さんがご飯を取りに行くと出て言った。もう夕食の時間だ。あと少しで葉山さんも一緒に食べれたのに。そう思ってると、間宮も出ていこうと閉まり切ってない扉を押す。
「ちょっと、待った」
間宮の腕をとっさにつかむ。
間宮はびっくりしたのか、自分の腕ごともぐ勢いで振りかぶった。
手を放しそうになるけど、そこは巻き付いた。僕は護身術ぐらいなら使えるし、油断した相手に一対一なら勝てるのだ。今日はさんざんだったけど、それを取り返そうと、間宮に関節技を決めた。
「っつ! はなれろ!」
暴れた間宮の体がはねた。やっぱりどこかけがをしてるのかもしれない。
「間宮ケガしてんだろ、おとなしくしろって! 逃げるなよ」
間宮は自分の体を顧みない。どれぐらいのケガかはわからないし、安静にしてほしい、でも離したら逃げるからジレンマでどうしようもない。
間宮はなぜかふんばって離さなかった扉から手を放したので扉は閉まった。それと同時にさらに暴れた。暴れれば暴れるほど腕が締まって痛いはずなのに動いてないと死ぬみたいなあばれようだ。
「はなれろって!」
「離したら、にげるじゃん」
「逃げない。だから、マジで離れろ!」
どうやら様子がおかしいように見えた。痛いだけならまだしも心なしか、青ざめている。
「えっ、どうした?」
息を引きつかせた間宮のあまりの様子に手を放した。
間宮は脱兎のごとくトイレに駆け込んだ。
しばらくトイレに引っ込んで、どうやら防音はないらしいトイレから聞こえてきたのは間宮が餌付く声だった。出てきた間宮は青ざめていた。濡れた唇が荒い呼吸をしている。派手に吐いたようだ。
「ちょっとまってて」
キッチンでくんできた水を渡すと素直に受け取った。
「なんか、ごめんな? 触られるの嫌だった?」
間宮は水を一気に飲むとその場に崩れ落ちてしまった。
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