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実家 1

 テスト返却が終わった。明日は終業式だという先生の連絡を聞き流しながら、僕は成績表を眺めた。  期末テストは上々だった。中間よりも全部が少しづつ上がっていて、僕はガッツポーズをした。中間となにが違ったのかというと勉強の環境だろう。ガヤがうるさすぎた中間と、よこで黙々と勉強する間宮がいるのでは雲泥の差だ。横でリズミカルに勉強する奴がいたのは本当によかった。サボりにくいし、自分も頑張ろうと思えるのだ。それにわからないとこがあったら聞けたのも大きかった。教え方はうまいわけじゃないけど、わかるまで教えれくれた。間宮は本当に見た目と違って、真面目だ。 「みなみご機嫌だな」  学校終わりで、東の部屋で昼ご飯を食べる約束をしていたので、みんなで向かう。今日で、依田がそうそうと帰ってしまうので、四人が次に揃うのは始業式だ。 「テスト、そんなによかったの?」 「よかったけど、東には負ける」  東はあははと軽くわらった。自分ではいいほうで、テストの順位もいい方だ。でも学年一位の東にははるか及ばない。 「俺、一位だからね。でも関係ないじゃん。自分にとってよかったんでしょ?」 「うん。僕、上の推薦通りたいから、よかった。このまま順調にいけばいいけど」  ここの学校は系列の大学がある。成績の上位30パーセントは軽い面接で大学に上がれる。テストを受けなくていいなら、それにこしたことはない。 「みなみ、上に進学なんだ。もう進路とか決めてんの?」 横尾が聞いてきた。それをごまかそうか、話そうか、悩む。   将来を考えてることがある。いつだって非力な僕にはかないそうにない夢だ。でも、実現したい。 「経済学部に行くつもりだけど」 「経済? 企業でもすんの? みなみが企業とかにあわねー」 依田は真っ先にそういって横尾にはったおされてた。  でも、その気持ちはよくわかる。 「起業したいというか、自営で働きたい。でも、まぁ、僕も似合わないって思うよ」 初めて言葉に出してみた。言葉にしたら全然かなわなさそうだ。 「すげぇ、立派じゃん」 依田を懲らしめた横尾が俺にむかってさわやかに笑った。 「そうでもないんだけどね」  学校から寮までは途中、朝市を眺めながら、なだらかな坂をずっと上る。一車線の広さぐらいの道は片方は森だけど、片方はがけで、たまに森から遠望が眺めれた。  ちょうど僕たちが住んでいた方面だ。  兄はもう親に勘当されている。院から出たら行く当てもなく一人だ。兄は僕が高校を出る前に少年院を出る。そっからは兄のことだから、きっとうまくやるんだろう。兄は僕がどんだけ心配してもそれをこえてどんどん遠くへ行ってしまう。  だから、僕のこの気持ちは全部、押し付けなんだって気づいてる。 「もし、これから、兄さんが困ることがあったら助けたいと思って」 「お兄さんが、少年院に入ってるから?」 「うん。でも、意味ないんだ。僕が大学入るころには、もうとっくに出てるし、僕の心配なんか全部追い越して、普通に就職して頑張ってると思う」  兄はそういう人だ。だれとでも仲良くなれて、彼の前に立つ困難の壁はいつだって簡単に破られる。だから、大人になってから兄さんを迎え入れるようになっても何もかもが遅い。 「そんなにお兄さんに思いいれがあるって、すごいよね。俺は一人っ子だからか、ぜんぜんわかんないよ」  東はにこやかに笑う。東はどんな話も受け入れてくれる。 「いきすぎだよね。でも、なにかしてないと、申しわけなくて。僕は兄がいたから、今まで、がんばれたけど、兄は僕しかいなかったと思うとどんなに頼りなかったんだろうなと思って」  本当にそうだ。でもまだ僕は頼りない。今だって、兄のもとへいくときに築島さんとした約束があるのに、果たせてない。 「噂じゃ、みなみの兄貴って怖いけど、本当はどんな人なんだ?」 「全然怖くないよ。やさしい。いっつもにこやか」  本当にいつだって僕のまえではにこやかだ。僕のせいで家を追われて、院にまで入ってしまったのに、僕を責めたことがない。今は、僕しか社会に通じるものがないのに、なにもしない僕になにもいわない。 「にこやかなの? イメージ違うな。それなのに捕まったんだ?」 横尾は兄さんの予備知識がまったくないようだ。 「すごい強いし、すぐにキレるから……。敵に容赦ないんだ」 「だから味方には優しいのか」 「そうだね。僕が勉強したのは、強さでは勝てないけど、頭なら僕のほうがいいから、そっちから兄を助けたいと思って」  あまり頭が良くないのは、兄にとっての長所だと思う。論理的にも、将来のことを考えてでも動かない。本能的だからこそ、兄は魅力的だ。 「じゃあ、みなみが頑張れば、バランスとれるじゃん。どっちにしても頭いいにこしたことねーよ」 「そっか、そうだよね」 横尾は僕にほしい言葉をくれた。甘えだと思う。これまでも、これからも、僕はずっと甘やかされていくんだろう。そんな中でも、僕は、僕を甘やかしてくれる人に恩返ししたい。 「うん。頑張る。ちょっとでも、誰かの訳に立ちたいし」  もやもやしていた心が少し、晴れた。そうだ。別に頭がよくなりたいってこと自体は単純に悪くない。 「みなみ、夏休み、お兄さんに会いに行くの?」 「行くよ」 「よければ、その話、新聞に乗っけるようなネタはないですか」 「あったとしても、乗ったらひと騒動起きたりしない?」 「そこは配慮する」 いまいち不安だけど、ぼやかして約束した。

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