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 家に帰ってきた。寮からは全国から人が集まってきているけど僕は一番近い繁華街の圏内で近い。学校はギリギリ地元ともいえる。にぎやかな街の徒歩圏内の一等地、大きくも小さくもない家が僕の実家だ。  誰もいない家は、少し埃っぽい。ひきはらえばいいのに、家は置いているらしい。父も母も最初は会社近くのホテルに泊まっていたけど、今は、マンスリーマンションなんかを契約してるはずだ。ここから引っ越すのも時間の問題だろう。  生まれてから小学校半ばで引き取られるまでと、去年はここに住んでいたのに、あまり思い入れはない。去年に至ってはぼくはほとんど自分の部屋に引きこもり状態だったので、自分の部屋以外はすべてよその家の感覚だ。  父は会社の社長で、母は秘書だ。父が一人で立ち上げたパソコンのセキュリティソフトの事業は波に乗っている。二人が一緒にいるときに夫婦のような姿は見たことがないけど、ビジネスパートナーとしてはお互いに認め合ってることはわかった。  忙しい人たちだった。めったに家にいないし、いても、ふたりでいつも仕事の話をしていた。甘い雰囲気はまるでないけど、いつだって息はあっていて、僕たち子供は同じ部屋にいてもいつだって無視されていた。本当に見えていなかったんじゃないかと思う。  小さなころ、体を壊しがちだった僕の隣にいるのはいつだって、兄だった。みっつ上の兄は僕にとってはなんでもできるスーパーマンだった。そのスーパーマンだった兄がいつだったか、泣いたときがある。  兄は僕だけじゃなくてだれからもスーパーマンだった。誰にとってのヒーローだった兄は、ヒーローゆえに悪者に当たられやすい。だから学年一ちびで非力な僕は学年を超えて、悪者によく人質に取られた。兄はいつだって助けに来てくれた。ちびだという点では兄も一緒だ。当時も見た目はかわいらしく細身だった。でも兄が、かかんに向かっていったのは、僕が兄にとってどうしても守らないといけない弟だったからだ。  そんな僕だけど、一回だけ、ひどいけがをしたことがある。それが、この家を出ていく前にした最後のけがだ。  それは僕がやっぱり人質に取られていた時のことだ。兄はすぐに助けに来てくれた。いじめっ子を倒して、僕の手を奪い返した。 「俺のかわいい、みーちゃん。大丈夫?」  それが兄のいつものセリフだ。当時はやっていた漫画のヒーローがヒロインを助けたセリフをまねたもので、兄は僕のおでこにキスの真似をした。思い出すだけで、赤くなるカッコ良さだ。ブラコンと言われても支障はない。 兄は終わったと思っていたが相手はまだ倒れてなかった。負けん気の強い奴で、ほかのケガして、ビビってるやつをすごい顔でにらんで、僕にキスする兄にタックルした。  兄は完全に油断していた。でも、僕にはその敵が見えていた。僕は兄貴を横に振り払って、その結果、そのタックルをもろに受けた。  僕は三つもしたで、兄たちとは体重が全然違う。僕はふっとんで、近くの植木のレンガに体を打ち付けた。あばら骨を折って入院した僕に、兄は何度も謝った。兄は悪くないのに、何度もなんども謝った。入院中毎日、かいがいしく兄が見舞いに来てくれるから、僕はそんな怪我なんでもなかった。  でも、兄は、駄目だったようだ。自分を自分で責めたし、ことの顛末を知った両親から怒られたそうだ。弟を自分の喧嘩に巻き込んだひどい兄。  僕は一か月ほどで退院したけど、そのあいだ、両親は一回たりとも、見舞いには来なかった。退院してからも数日、会わなかったぐらいだ。  その退院開けで、初めてあった両親は、僕たち二人を祖父のもとにやると通達した。

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