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 祖父はとても厳しい人だった、兄をこの祖父に預けたのは、更生の意味も会ったのだろう。僕はまだ小学生の中頃で、兄は中学生になったころだった。学校は遠く片道一時間の距離を毎日歩いた。帰ると、元軍人だった祖父が毎日稽古をつけた。兄は筋がよく、よく褒められていた。僕は非力だったので、よく怒られていた。でも僕が怒られるとき、決まって兄が割って入って仲裁してくれた。  きっと、自分の巻き沿いで、僕が辺境に放り込まれたことに兄は負い目があったのだろう。そんなことこれっぽっちも思っていなかったのに、兄は祖父の家に行ってから今までよりもさらに僕に優しくなった。  僕はいい子だから、両親ともに怒られなかったけど、別に好かれてもなかった。だって、なついてなかった。だから、僕が両親と別れたことに、何も後悔はないのだ。両親にもらえなかった愛情は足りきってあふれるぐらいに兄にもらっていた。だから兄がそんなに気負うことはなかった。兄の愛情も優しさも全部もらっていた。兄が僕のすべてだった。 「じゃあ、はい、一週間後、お願いします」  電話を切った。業務的な声で失礼しますと言って男の人は僕より先に電話を切った。  一週間後、面会を申し込んだ。弟の僕だけ面会をすることになると、いつも微妙な返事をされる。でも、母と父の代理で、どうしてもと押し切った。三頭身以内だからちゃんと権利はある。  夕飯は、おにぎりと、惣菜を買ってきた。近所のスーパーは単身向けのお惣菜に力が入ってるからラッキーだ。  リビングに適当に置いてテレビをつけた。テレビは夕方のワイドショーがやっている。それでやっともうそんな時間と知った。夏だから、日がいつまでも照っている。  部屋にテレビの声しかしない。機会が人間の声を出すって改めてみると不思議だ。  テレビがついてるのに、静かだった。そういえば、こんなのは久しぶりだ。ハチノスはいつもリビングに誰かいて、だらだらと雑談してる。 「前はこれが当たり前だったのにな」  明日は晴れるらしい。いやらしい暑さなのだろう。どうせ、引きこもるから、外の熱さなんて関係ない。  なんだか疲れてしまって僕はソファに横になった。  祖父の調子が悪くなったのは、一年たったころだった。自分の調子が悪いから、こどもを戻したいと、何度か、両親と連絡したが、今仕事が忙しいからもうちょっとみてほしいと、長いこと攻防していた。そういう攻防のあと、祖父のあたりはすこぶる強くて、僕たちはやたら走らされた。  今覚えば、よくあんなとこで言うことをきいてたなと思うけど、あんなところだから言うことを聞くしかなかった。周りは田畑ばかりで、コンビニなんて噂で聞くぐらい、放り出されたら死ぬしかない田舎だった。  そんな僕らは、結局、兄の進学を気に、再びこの家に戻ってきた。  兄は高校に入ると、一気にはじけた。当たり前だと思う。あんな田舎に兄をとどめとくのはどうかんがえても無理だったし、この家に兄の居場所はなかったのだから。毎夜、外に出て、夜遊びが多くなると悪い奴らとも接触する。兄はもともとのしなやかな筋肉と持久力に、丸三年、祖父に仕込まれた格闘技でべらぼうに強かった。兄の名前はすぐに有名になった。けんかに勝ち続け、立ち回りが派手で、天性のヒーローな兄にはすぐに人が寄ってきて、天才☆新見☆軍団はあっという間に立ち上がり、終息した。  ふとしたら、寝てしまっていた。いつの間にか外は暗い。早く買ったごはんを食べないと、熱いからあっという間に腐ってしまう。  エアコンはつけていなくて、体が汗ばんでいた。この部屋が無駄に広いから、涼しくなるのに時間がかかるし、使うのはひとりで、もったいない。みんな両親のお金だから、別に使えるだけ、使えばいいけど。  買ったご飯をもそもそと食べ始めた。電子レンジが壊れてるみたいで、明かりはついて音も鳴ったのに、ぜんぜん温まらなかった。冷たいお惣菜は、文句はない程度のおいしさだった。前は食にこだわりなんてなかったし、感想もわかなかった。いまでも、そんなにこだわりがあるわけじゃないけど、好みか好みじゃないかぐらいはわかる。  ご飯は全部トレイだから、買ってきた袋に入れて外のゴミ箱に捨てる。洗い物がないから楽ちんだ。ゴミ捨てだけ気を付けよう。  お風呂はシャワーでいいから、全部の用事をこなすのが早かった。普段なら、食事と風呂だけで、結構な時間を使ってる。その無駄な時間はぜんぶ誰かとの時間だ。食べてるときの無駄話、誰かと食べるから遅くなる。三宅さんが洗って、消化してる時間はだらだらして、大浴場に入りに行く。お風呂はおおきいから、見知らぬ人といらない雑談したり、人間観察したり、ぼんやりとリフレッシュした。そうした時間はみんな無駄だって、両親はきっと思ったんだろう。  だから、僕たちは捨てられたのだ。 「勉強しよう」  無駄かもしれない。合理的じゃないこと、無謀なことは全部必要なくてやる意味がない。その気持ちはあの親の子供だから僕にもある。でも、兄は無駄だと言わないだろう。思ってもきっと口にしない。そんな兄がいつも僕の隣にいてくれた。  きっと僕は兄がいなければ、全部無駄だって思っていた。  始まったばかりの夏休みは全部勉強で、合理的な日々になるだろうけど。僕は無駄じゃない日々を知ってる。

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