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兄 1
熱い日だった。
一週間は短期で申し込んだ資格の講習と勉強をしてたり、やたら掃除をしたりした。ここをでて寮に入る前に大分掃除したはずだけど、それでもどんどん物を捨てた。やっぱり中学生から高校生って結構違うもので、期間をおいてしまうといらないものが増えた。
特に服は好みがかわったり、ちょっとこどもっぽくなったりで着れそうにない。またみんなと買い物に出かけよう。高校をでるころにはできるだけこの部屋の僕の私物は処分したい。
兄の部屋も掃除したが、すぐに終わった。僕が寮に入る前、兄が院に入った時に、両親が兄はもう帰らないと、部屋を片付けてしまったので掃除は楽だった。兄の私物はこっそり少し僕の部屋に避難させている。
その荷物の中に築地さんに渡されたTシャツがある。
今日は午後から、面会がある。少しでも心証がいいように、きれいな服を心掛けた。半袖の白いシャツと、チノパンにはきかえる。
少年院には差し入れはできない。荷物は特になく、特急に乗った。兄が収容されてるのは横の県で二時間ほど時間がかかる。
英語の単語集を手にもって眺める。でも眺めてるだけで、頭には入ってない。いつもこの時間はドキドキする。ついてしまえば、兄をみてしまえば、大丈夫なのだけど、それまでは意味のない不安がある。どうしてこんなことになったんだろうってそればかりが頭を回る。
少年院に兄を入れる結果になる前に、なんとかできなかったんだろうか。そういう反省の時間だった。でも兄は僕が行くと、いつも元気な顔を見せるから、僕は救われた気になる。
実際の僕は何もしてないのに。あんなところに入った兄に、なにもできなかったのに。兄はいつだって僕をまもってくれたのに、僕は守れなかった。
少年院につくと受付で話をして、面会の許可を取った。売店でお菓子とジュースを買って指定された場所まで歩く。
面会室はべつに普通の部屋だ。なにもない部屋に会議室で見るような長机が対面で二個置かれている。端には話の記録をつける人、僕が座ると、年配の男の人が兄を連れてきた。一か月ぶりの兄は以前とそう変わらない。短い髪ももう慣れた。短い髪で、僕を見て微笑む兄はとても幼く見えた。あと一年で二十歳なんて見えない。
「よくきたな、みなみ」
こんな場所でも、兄は僕の前では、やさしくて頼りがいのあるヒーローの兄だ。
「うん。ひさしぶり、ひろ兄」
だから、僕はいつも安心して、泣きそうになる。
「いまは、前と作業がかわって、なんか、機械を使って鉄板の加工してる」
さっきの売店で買ったおやつとジュースはここでならたべてもいいそうで、兄はおいしそうにチョコのお菓子と、カフェオレを飲んでいる。甘いものはめったに出ないから、特別おいしく感じるときいたから、差し入れはいつも甘そうなものを選んだ。
「それ、難しくないの?」
「もう慣れた。前の、ちっさいなんかつくるのよりは大分すきかな」
中での話も兄はずいぶん陽気にかたる。作業の話と、たまにあるイベントの話、どれも兄が話すとなにもつらいことはないみたいだ。
「みなみはどう? 今、なつやすみだっけ? 熱いよな」
「うん。そう。だから、実家戻ってきてて」
「そうなんだ。家、どうなってんの? 誰かいるの?」
「誰も。結局、僕もひろ兄も出たし、家政婦さんも、もう雇ってないみたい。母さんも父さんも荷物持ち出してるし、家に誰かがいた形式なかった。もしかしたら、もう売っちゃうんじゃないかな」
「マジか。まぁ、おいててももったいねぇしな」
「ごめんね、兄さん、言ってなかったんだけど、兄さんの荷物ね、ここに入るときに、片付けられちゃって。僕の部屋にある程度は避難させたんだけど、もし家を売るならまた避難させないといけないから。なにか置いといてほしいものある?」
「別にないよ。全部、捨てて。どうせ、俺も戻らないし。お前がほしいものあったら持ってきな。趣味違うけど服とかあるし、お前がよく聞いてたCDとかあるだろ」
「なにもないの?」
「うん」
「大丈夫だよ。なんでも、僕、なんとかするから」
「ない。おれら、いままで、そんなたいせつなものおけるような場所なかったじゃん。だから。いらない」
その通りだ。僕たちはどこかに持っていけるものも場所もなかった。
でも、そのなかでも、なにかあるんじゃないか。仮にもあそこは家で、兄の過去が詰まってる。
だからこそ、もういらないんだろうか。全部、全部、あの家のものはもう兄のとって必要のないものなんだろうか。
「それなら、いいんだけど。じゃあ、黒に赤いドットのシャツに、星が後ろにどんって入ってるさ、Tシャツほしいんだけど」
「そんなんもってたっけ? 大分派手だな」
「うん。もしかしたらだれか友達のとかなのかな?」
監督の人が僕をちらりと見た。
話を止められないかドキドキする。こちらの学校とか友達の話はしたらいけないと聞いたことがある。
「部屋のどこにあった?」
「机の上に」
僕は兄さんをじっと見た。
「それじゃあ、たぶん、築島のだわ。ごめん、返しといて」
「いいの」
「あぁ、いい」
兄さんのきっぱりとした返事に僕は息が詰まっていった。
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