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そのあと少しだけ話をして時間が来た。来た道と同じ道を変える。
本当は築島さんに着ていってほしいと頼まれたけど、それはできなかった。あれだけ間宮に知らしめされたのに、築島さんをあの空間に連れて行くのはいやだった。それでも、兄がもう家に帰ってくる事をかんがえていなくて、なにもかもを置いていきそうな気がして、なにか爪痕を残したくて、話をした。
兄さんはTシャツの意味をわかってる。ホシというのは築島さんの宇宙☆ほっしーに由来するに違いない。うちの家に兄さんの友達が来たことはない。たぶん僕がいるからだ。なのにチームの人たちの服があるはずがない。だからそれは誰かが来たってメッセージで、兄を待っているということになる。それなのに、返しといてといわれてしまった。それは僕も築島さんもほしい返事じゃない。僕たちは兄を待っていることも許されない?
自分の降りる駅を一つ通り過ぎた。依田から聞かなくても僕は築島さんの居場所をきいていた。駅から三分、商店街の中の居酒屋だ。そこで働いてるから、たずねてくれといわれていた。こまごました居酒屋が並ぶ通り、まだ準備中の札がかかっているけど、そろそろ開き始めるだろう。
目当ての居酒屋の前に立った。ちょうど扉があいて一人の若い男が出てきた。
「いらっしゃい、お客さん早いね」
出てきた男は準備中の札をひっくり返す。あかい手書き風のいらっしゃいませの文字が揺れた。店の提灯が光って、屋号の月島が灯っている。
「あれ、あぁ、美波くん?」
「はい」
「うわ、来てくれたんだ。入って入って」
築島さんは大きい手で俺の背中を叩いた。
店の中はカウンターと数席だけの小さな店だ。
「ごめん、俺の客だわ!」
築島さんは厨房にいたおじさんと若い男に声をかけた。
「あれ、ひろちゃんか?」
「弟! 美波くん。親父、俺先に休憩ちょうだい」
「まだ暇だからいいよ。六時にはさがれよ」
従業員はみんな黒に赤いドットのTシャツを着ていた。背中はバカみたいなみんな大きい星じゃなくて月と屋号がおしゃれにプリントされてる。あれはここの店のTシャツだったみたいだ。兄はここに来たことがあるのか。
案内された二階は雑然と荷物が置かれたいた。
「ここ叔父の店。下宿やってんの。若い男しか住んでないから、汚くてごめんな」
奥まで通されてやっと二人が座れるような空間に腰を下ろした。濃い畳のにおいがする。
「Tシャツここの店のなんですね」
「そうそう。コスプレしようってなった時にここの制服にパチって後ろに星つけたんだ」
「なんでほっしーになったんですか」
「築島って名前だし、店も月島で、最初はつっきーって呼ばれてたけど、コスプレしようってあいつが言い出して、つっきーじゃ、わかりやすすぎるから、星ねって。急にコスプレなんかできないっていったら、次の日にはアイロンで貼れるフェルト持ってきて、星つけられたんだよ、あと一緒に星のグラサンももらった」
懐かしい思い出で、それを語る築島さんはさみしそうだった。兄と彼は本当にいい関係だったんだ。
「謝らないといけないことがあります」
「なに」
「Tシャツ、着ていけませんでした。でも、兄にTシャツのことは話したんです。今日、やっとですけど。でも、知らないって、たぶん築島さんのやつだから返しといてて言われました」
すごく緊張した。こんな残念な結果なら伝えない方がよかったんじゃないか。
「ははっ、着ていけなんて、からかっただけだよ」
築島さんはわらった。どうみてもカラ元気だった。
「恥ずかしい柄だから別に着ていかなくても、伝えてくれるだけでよかったよ。もし院出ても、行くと来なかったら、うち来いよって俺なりのメッセージだったんだけど。振られちゃったな」
築島さんは手持無沙汰に煙草を吸った。窓を開けるとでっかい夕陽が落ちている。
「でけぇ、夕日。楽しかったんだよ、あの頃。あれが沈んだら集合して、騒いで走って喧嘩して。みんな悪いやつだけど、新見が好きだったんだ。 俺は留年しててさ、ぐれてたんだけど、立て直したあいつのおかげだから、礼がしたかったんだ」
「そうですか」
「人をたよるってことを知らないやつだから、それに前科もついちまたった。きっと自分が悪いと思ってるんだろ。あいつが一人が悪いんじゃない。みんなの悪いをあいつ一人で背負あせたのに、仲間に影を背負わせたとでも思ってるんだ」
煙草の煙が窓から外に逃げていく。兄が帰る場所は、きっといっぱいある。
もっと早くここにこないといけなかった。
僕は兄を社会から追いやったTNGの人が許せなかった。兄は被害者なんだから、そういう目に合わせた人たちに兄と接触させるわけにはいかない。
でも、これは僕のエゴだ。兄を独り占めしたいっていうエゴだ。僕より仲間の方を優先されるのがずっと怖かったのだ。ずっと僕のヒーローだった兄が、みんなのヒーローになって、僕を守るんじゃなくて、みんなをまもるヒーローになることを認められなかった。
そうじゃない。兄は僕のヒーローだけど、TNGのみんなは仲間だ。守られるだけじゃない。守ろうとしている人も中にはいた。
「来てくれて、ありがとう。ずっと謝りたかったんだ。兄貴を悪い道に引っ張ってぶち込んで悪かった。伝えてくれてありがとう」
「はい」
兄は帰ってこない。僕は兄の光じゃない。守られるだけの重りだ。
「美波くん、まだ、お願いがあるんだ」
「なんでしょう」
「面会、やめないでな。帰ってこれるって言い続けよう。あいつは、自分のでかさをわかってないんだ」
「はい。やめません」
いまの独りよがりで守られてばかりの僕のもとへ兄はかえって来ない。前科を出してしまった自分のチームの仲間の前にも表れない。それは今の話だ。まだ状況はかわる。
もっと、強く信頼される人にならないと。兄が僕を頼れるように、仲間の思いをちゃんと伝えられるように。
夏休みはいろんな勉強したりして、あっという間に終わった。あれから築島さんとも連絡を取るようになった。
久しぶりのハチノスに戻る。間宮が相変わらず上半身裸でねぞべっていた。
出る前に間宮の機嫌を損こねてしまったけど、間宮はいつも通りでほっとした。
「間宮、兄さんと会ったよ」
間宮は本を置いて俺に向いた。
「それで」
意識しないように平静を装った声だけど、間宮が俺に話しを促すことなんてそうそうない。
間宮はやっぱり兄さんを知っている。間宮の興味は僕じゃなくて兄さんにある。なぜだろうそれが少し悔しい。
「僕、がんばる、今度こそ頼られるように」
間宮は俺をじっと見る。
「そうか」
間宮は立ち上がった。去り際に俺の頭をたたいていった。
自分の胸に暖かい何かが広がった気がした。
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