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与田 1

 二学期初めての部活だ。部活が好きかといわれるとそうでもない。紙面を作るのは好きで、決められたことを取材するのも嫌いじゃないと思う。俺はいわゆる作文が好きなのだ。だからやっていけるんじゃないかと思ったけど、部活を続けるうちに世間でおこることにそれほど興味がないと気づいてしまい、今はだいたい苦戦してる。 「でも、はいったことは仕方ないよね。依田は部長に恩があるし」  新聞部の部室の一角で俺は俺たち晴々新聞のボス庄内さんと面談していた。  新聞部は大きいので部室を一つと放課後は空き教室を二つ借りている。基本的に部室はBridgeという校内誌の編集と小さい新聞を作ってる派閥の人が集まる。晴々新聞のチームは空き教室に集まるけど、今は庄内さんによる夏休みの宿題(部活用)のつるし上げのために部室の一角を借りていた。同じ部屋でしないのは、つるし上げを横でやられるとみんな怖くて作業ができないためだ。  庄内さんは好青年全とした話し方と雰囲気を持つけど圧がすごい。きれいな柳眉は実に表現豊かに動く。おれはあせか冷や汗を流しながら背を丸める。 「で、ネタは?」  晴々新聞は校内新聞だ。校内で起こることや生徒に有益な情報を掲載することを主とする。行事や、いい成績を残した生徒へのインタビュー、進学情報や、さまざまなアンケート、一番近場の町のおすすめスポットなど、朝の情報番組の雰囲気が一番近い。一面は時事ネタでみんなが競う。落ちたものが二面三面と回されるほかに、生徒の読み物としてのコラム要素的なネタが必要だ。 「夏休みに旅行をして、いろんな地域で、この高校の印象をインタビューしてきたので、それを記事にします」 そう言うと庄内さんは片眉を挙げた。 「依田にしてはまともだな。地域はどこ?」 「北海道と、沖縄と、四国と中国です。あと、町にも出ようかなと思ってるので」 「全体的に遠いところと、かなり近い場所か、そういう比較でもいいな。というかお前そんなに旅行、行ったのか」 「沖縄四国中国はまぁ、お決まりなので、北海道は親戚の家があって飛びました」 「忙しいな、おい」  庄内さんはご機嫌だ。九月の一週目と二週目は主だったことが起きないので、記事に困るのだ。だから夏休みの宿題としてだされるのだけど、今回は乗り切れたようだ。 「で?」 「で?」 「まさかひとつしかないとか?」 「夏の旅行のおすすめスポットならかけます!」 「もう秋なのに夏のスポットかいてどうする。そんなんは旅行厨のサブカル誌に売れ」 そのとおりなのでだけど、出ないものは出ないのだ困る。 「そんなふうにいびらなくても庄内さんいっぱい記事用意してるんでしょ」 「お前は本当に生意気だな。じゃ、今日からその用意してる記事の一つ、夏休み中にあったらしい、イノシシの出没の記事のために、出るまで見張りな」 「無理です!無理!」 庄内さんなら本当にやられそうで怖い。山の中に立ってる学校だからイノシシの目撃情報は本当にあるのだ。 「今回のはでかいらしいぞ。 がんばって写真とってくれ! 襲われてケガしたら、レポもよろしくな」  庄内さんは高笑いして暴走する。このひとはおれをいびるのが面白くて仕方ないのだ。あと、部長が俺によく話しかけるのが面白くなくて憂さを晴らしてるのだろう。 「晴々はいっつもつまんねーな」  いかにもあくどい顔をした男が間に入ってきた。嫌味なオールバックをいつもぴっしりと決めていて、今日もそれは健在だ。 「まぁ、とりあえずはさっきのやつを上げてくれ。終わり次第、すぐになんか探せよ。はやくおまえにも一人前になってほしいんだけどな。そんなんじゃ、Bridgeにはやれねーぞ」  庄内さんは男を露骨に無視した。この二人の仲は最悪だ。  新聞部は基本的に作る新聞でその派閥が分かれる。一番人数が多いのはうちの晴々新聞。その次に多いのはこの男、織尾編集長がしきる週刊天白だ。晴々新聞は、時事としてタバコや喧嘩の告発や謹慎の状況なんかもあるけども、基本的には起こったニュースを取材や事実に基づいて書き、しっかりとした編集作業とインタビュー力を身に着け、校内を住みよくするための情報を知らせるが目的だ。  対して週刊天白はゴシップ誌だ。校内に住む人間のニュースを扱い、学内の有名人の情報を逐一おいかけている。カップルができれば冷やかし、校内でけんかがあれば邪推し、被害者を追っかける。不良たちの勢力図をゲームのように解説し、風紀が情報規制をする敵とあおって、自分たちのジャーリズムを掲げる。できた記事は偏見と悪意に満ちている。同じ校内に住む高校生のことをここまで悪く書ける根性がわからない。俺は庄内さんは苦手だけど、この織尾は嫌いだ。 「そんなつまんないネタじゃなくてさ、依田君はさ、もっとおもしろいの持ってるんじゃないの?」  庄内さんに無視されるのはわかっていたんだろう。織御さんは寄せてた眉をすぐに戻した。にやにやとした口で俺に話しかける。  俺も庄内さんと同じように織尾のことは無視した。それでも織尾はたちさろうとしない。 「織尾、うちのに口きくな。お前のきたねぇドブネズミ色の泥がつくだろ」 「おきれいだもんなぁ、お前のところは。甘えたの赤ん坊みたいにな」 最悪な二人に挟まれてしまった。助けてほしいけど、上から二番目と三番目に強い権力者に歯向かえるような奴はこの場にいない。頼みのつなの部長も今はいないようだった。 「そんなおきれいだから、負けてるんじゃない? みんな無能なら人数だけ多くても仕方ないな」  庄内さんがぐっと歯ををかみしめた。週刊天白のほうが構成人数は少ないが、発行部数は少し多い。特にこの織尾が編集長になってから差が開いた。  おれは庄内さんが苦手だが、庄内さんが織尾に言い負かされてるのは嫌だ。いつも迷惑ばかりかけていても、自分も晴々新聞を作る一人だ。 「うちは定期購読はそちらさんには買ってるので。堅実のノウハウで安定ですけど、そちらさんはニュースがなければ終わりでしょ。喧嘩売られても、なにも痛くないですよ」 「ただの強がりだろ。この世からニュースがなくなることはないんだよ。ちょっと、掘ればいくらでも出てくる。お前、新見弟の友達なんだろ。新見が兄貴に会いに行ったことは知ってるんだ」 なんとなくその件だとは予想がついていた。おれのまわりでニュースになりそうなネタはそれぐらいしかない。 「確かに友達ですけど、ニュースになることはないです。ただ兄弟が面会しただけですから」 織尾は面白くてたまらないという顔をした。 「本当に会ったんだな。新見兄は、一部には超有名人だ。なにがちょっとしたニュースだ。そこにいる役者が有名人なら、ニュースは作れるんだ。院に入れられた有名な不良と弟の密会。憎悪に燃える兄と交わされた密約! 新見兄弟のかわいい顔に隠された復讐に燃える本当の姿とは!」 織尾は舌なめずりをした。この男は蛇のように舌が長い。 「やめろよ! そんなこと考えてるわけないだろ」 思わず立ち上がった。つかみかかろうとしたけど庄内さんに止められた。思わず振り払おうとしたけど、強い力でびくともしない。 「考えてる。考えてるさ。本人がどう思ってもまわりみんながそう思えば、それが事実だ」 高笑いでもしそうな陽気で織尾は部室を出た。 「庄内さん、どうしよ。新見が、」  庄内さんは難しい顔をしてる。周りで成り行きを見ていた人たちはみんなこちらを見ないふりだけど、耳だけは完全にこちらだ。 「その新見君は、本当に兄貴に会いに行ったんだな」 「はい。そう言ってました」 「会話の内容は?」 「基本的にはお兄さんの中での暮らしを聞いて、自分のことを少し話したぐらいって」 「その新見君は悪い奴じゃないんだな」 「絶対に」  美波は夏休みだから会いに行くだろうと勝手にみんな邪推してるけど、そもそも兄にはたびたび会いにいっていると話していた。兄弟の密会にだれも気付かなかったのは、本当にただの兄弟が会っただけの話だからだ。兄の事は怖いし知らないが、美波の事を貶められるのは心外だ。 「それなら、とりあえずは、対抗の記事を書こう」  先駆けて美波にメールを送った。織尾にカマをかけられ、兄に会ったといってしまったこと、織尾は嘘も平気で書くということ、ストーカーまがいの過剰な張り込みを週刊天白は辞さないこと。晴々新聞で取材させてくれれば、対抗記事は書けること。

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