42 / 50
不穏 1
部屋で借りた小説を読んでいた。間宮の持ってる小説はホラーが多い。勝手に読んでいいって言ったのは、もしかしたらいやがらせだったのかもしれないと遅まきながら思う。困るのはどれもこれもおもしろいことだ。面白いからほかのも読む。それもやっぱり怖い。唯一救われるのは夜は下で間宮が寝ているから寝るのは怖くないということだ。
真剣に読んでいたら、携帯のバイブがなった。それに大きく肩が揺れた。
はねた心臓を深呼吸でなだめて、いったん本を置いた。
「依田?」
いつも丁寧に題名をつける依田のメールは無題だ。
開けてみると、依田からの謝罪メールが入っていた。
兄に会いに行ったことは、隠してないから、大丈夫。心配してくれてありがとう。そうメールで返信した。
依田からのメールは緊迫していたけど、それでこの後どうなるのかはわからない。ここには兄の多くの敵がいる。それは前の件でわかっていた。それなのに、兄に会いに行くと話すのはうかつだったのだろうか。
週刊天白からの取材はここに入ったときに受けた。兄の人となりを追求されて、僕にはいい兄だったといった。僕自身はTNGには属してないこと、ここにいる不良の人たちとも全くは面識ないとも答えた。でもできた記事は僕は不良の兄に虐げられていたという記事だった。たぶん僕の姿を見て、兄の弟も極悪という記事にするのは無理だと思ったんだろう。そのときに取材に来た人の面白くなさそうな顔は今でも思えてる。でも逆に僕に害はないと記してくれた記事でもあったので、ありがたくはあった。
それからたびたび、たぶん記者だという人の目はあったけど、特に記事にされたことはない。前の拉致の件は新聞部はブラックナイフの内輪もめだと記事にされていて、僕のことは調べられてはいなかった。
今回はどういう記事にされるんだろう。とりあえず記者の人は来るんだろう。僕はあったままのことを話すだけだ。でもきっとそうはかかれない。兄はここの人たちから見れば強大な悪だ。兄のことを悪くいう記事なんだろう。僕も今度は悪く言われる記事かもしれない。
どちらも仕方ないことだ。兄は不良で、僕はその弟だ。
「顔色悪いな。そんなに怖かったか?」
間宮が帰ってきた。最近知ったけど、間宮は碌に教室には登校しないけど、放課後は勉強でわからないことがあると、先生に聞きに行くらしい。真面目だ。
「あぁ、うん。本当に怖いのは人間だな」
「まぁ、そうだな。幽霊だって元人間だ」
間宮は鞄を机に置くと、服を脱いでいつもの定位置、ベッドに寝転ぶ。
兄は不良だ。院に入れられるほどの不良だ。でも同じチームの人には慕われていたと聞く。兄はあまり話さなかったが、チームの人を悪くいわなかったし、チームの人も、仲がよくなければ、そろいもそろってそんなふざけた装いなんてしなかったと思う。築島さんも兄のことを慕っていた。敵には容赦はないけど、身内には懐深い人なのだ。だから僕はこの学校で兄がみんなの敵でも、僕は兄の敵にはなりたくない。兄を敵にすることで、僕が平穏を手にすることはしたくない。兄のことで嘘はつきたくないのだ。
でももし、それで心が折れてしまったらどうするんだろう。まだわからない未来のことは怖い。来る記者がどんな記事を書くのかが怖い。僕は兄が帰ってくる場所になるって決めたから、こんなことで折れるわけにはいかないのだ。
「間宮はさ、兄貴のこと知ってるんだろ」
寝ている間宮に上から呼びかけてみた。彼はノートパソコンを見ながら返事した。
「まぁ、見たことはあるけど」
ここら辺の不良で兄を知らない人はいない。それは妥当の返事だった。でも僕は間宮はTNGの人だと踏んでいる。今はそばに兄の味方になってくれる人が一人でもいたらとてもうれしい。
「それだけ?」
「それだけだ。人間☆新見って三つ上だろ。中学生なんて相手にされねぇ」
「でも、怖いイメージとかない。あと憎いとか」
「なんでそんなこと聞くんだよ」
「俺が兄貴に会いに行ったことで週刊天白が取材に行くかもって連絡あって、来る人は兄貴は怖いって記事書きたいんだと思うけどさ。俺にとっての兄貴はそうじゃないなから」
「じゃあ、おまえ、正直に兄貴とはいい関係だって言うのか。出たらまた一緒に暮らしたいとか」
「うん。嘘つきたくないから」
「やめとけ。そこは適当にあわせとけ」
びっくりした間宮がそんなことをいうとは思わなかった。
「なんで!」
「いいじゃねぇか。それで週刊天白に正直にいい兄貴だとか答えても、向こうは面白くないって兄貴のことも、おまえのことも悪く書かれるぞ。それなら兄貴は売って、被害者ずらしとけよ。そしたら平和に暮らせるんだから」
「そんなこというと思わなかった! 兄貴はそんな人じゃない!」
間宮は兄の味方だと思っていたのに。
「おまえが言う兄貴が本当にいい兄貴なら、俺と同じことをいうははずだ! 別に校内新聞で兄貴が今更どんだけ悪く言われたって兄貴には痛くもかゆくもねぇよ。でもおまえがかばっておまえが危険になったら悲しむだろ。おまえがこの学校で立場悪くなんの悲しむはずだろ」
間宮のいうことは正論だった。もし兄貴がいたら間宮と同じことを言うだろう。自分だけ泥をかぶって兄はいつも僕を守る。でももういやなんだ。兄がかぶる泥が増えるのは。あんなところにいる兄に僕がさらに泥をかぶせるなんてそんなことできるだろうか。
頭に血が上る。
「いやだ」
そうはっきりと口に出した。
「大好きなひろ兄のことを悪くいうなんて絶対いやだ」
言えない。そんな嘘はきっと僕はどんな場面でもいえない。脳にそんなプログラムは一生読み込めない。
でもそれが兄を悲しまさせるなんて、僕はどうあがいても兄のために何もできない。
非力な自分がいつだって悲しい。でも僕がもし、ここで敵をいっぱい作っても兄にはわからない。だから、やっぱり僕は自分の保身のためには、兄をせめて僕だけは悪者にしない。
「頑固だな」
間宮はそうつぶやいた。僕をじっと見てる。
「いい兄貴なんだな。いや、いい兄弟だ」
真顔でそう言われて照れた。兄貴はいい兄貴で間違いないけど、いい兄弟と言われたのは初めてだ。
「弟思いの兄と、兄思いの弟だろ」
「本当にそう思うか?」
「最初は、お前見たとき、こんななんも出来なさそうなやつが弟なんてって思ったけど、あまったれてるし、最悪だって何回も思ったけど、これぐらいバカで頑固で一途だからいいこともあったのかもな」
「なぁ、間宮、おまえはほんとは、人間☆新見のことよく知ってるんだろ」
「知らねぇよ」
間宮は間髪を挟まず答えた。それが逆に白々しさを感じる。
「なんか、あったら、教えろよ。まだごたごたが落ち着いてねぇから、マジで、デマでもへんな情報がまわると危ない。同室のよしみだ。近ければ助けてやる」
「間宮も、教えて。僕のために危ないめに会ったらだめだよ」
「あうかよ」
生意気だと言うように下から長い足でベッドを蹴られた。まだ前の事件についてはしらを切るつもりらしい。
きっと間宮は僕がまた危ない目にあったら助けてくれるんだろう。すごく優しい彼は、自分には優しくないから、僕が気を付けないと。
間宮は、なんで僕にこんなに優しいんだろう。それはやっぱり僕が弟だからだろうか。間宮は僕の心配をしてるのか、兄が悲しむことを心配をしているのか。
「間宮」
返事がない。
「間宮」
「何」
視線を上げた間宮と目があった。いま、彼が見ているのは僕だ。
兄と僕を天秤にかけるなんて。間宮はただの善意で、それとも兄への善意か。答えのわからない状況だからもやもやするのかもしれない。
「なんでもない」
返事とばかりにまた下から蹴られる。この乱暴はぼくに振るわれたもの。きっとこんな足技は兄にはかけない。そんなことがうれしいなんて、僕は、どうしたんだろう。
ともだちにシェアしよう!