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間宮と並んで歩くことはほとんどないけど、偶然帰りに合えば、目指す場所は一緒なので並ぶこともある。数えるほどもないけど、そんな瞬間をとられていたのかと思うとぞっとする。
「おなじ部屋にすんでるから仲もいいと思いますけど?」
「間宮悟はTNGに属していたと噂があったのはご存じですか?」
それは依田から聞いて知っている。
「俺が教えた」
依田がすさずそう言った。
「そうですか。ではご存じということで、間違いないですね」
織尾は強く語尾を上げた。
「それがなんですか?」
「いやね、お兄さんから間宮悟に声をかけてと言われたのではないかと思いまして? TNGに招集をかけて一旗揚げてみたり? もみ消されたようですが、ブラックナイフともめたと噂を聞いていますよ?」
畳み掛けられた疑問に、そうきたかと、頭のなかで警報が鳴る。これはよくない。
「そんなこと考えたこともないです。ハチノスの一年は僕と間宮だけで、間宮とは同じ部屋です。だから親しくしてます。TNGなんてまるで関係ない。ブラックナイフの人とも和解してます」
そもそも僕がTNGとはまるで関係ない。解散してしばらくしてやっと築島さんと交流を持ったぐらいなのに。そんなこと言ったってこの男にはまるで通じないだろうけど。
「まぁ、ブラックナイフは事実上の解散ですしね。では、わかりました」
わかりましたが、全然自分の言葉や事実と通じてるとは思えなかった。このままじゃだめだ。僕だけならまだしも、間宮まで巻き込んで、よくない方に書かれてしまう。
「まて。織尾。どう書く気だ!?」
依田が踵を返しかけた織尾に詰問した。依田の顔には珍しく敵意がにじみ出ている。それに反して振り返った織尾は余裕をもって笑う表情を作る。
「織尾先輩ね? 事実を書くさ。新見弟は兄の面会に行き、元TNGの疑惑がある間宮と仲が良い」
そう、それは事実だ。ただ、僕たちの心は、どう描写される?
「織尾さん、僕たちは、なにか今からしようなんてこれっぽっちも思ってません」
「それでも、脅威なものは、ちゃんと民に教えて、警戒を呼び掛けないと。それが我々の活動ですので」
物腰、やわらかく織尾は僕をまっすぐ見た。
「織尾さん、僕は、大丈夫なんです。でも、間宮は本当に関係ないんです」
「そうですか」
織尾さんはやわらかい姿勢をかえないまま返事したけど、僕の言葉は確実に彼の脳まで届いていない。
織尾は短く挨拶をして、背を向けた。じんわりと汗をかいている。思っていたことと全然違う方向に話はいってしまった。
「織尾のやつ」
依田が横で唇をかんでいる。
「どうしよ」
記事がどんなにひどくても、現実と違っても僕だけならいい。でも人を巻き込んじゃだめだ。
「どうしよ」
もう一度声がでた。頭がぜんぜんまわらない。
「間宮のことを記事にすることはできるけど、効果があるかはわからない。美波は素行がいい一般人だし、事実が大衆に伝われば、敵に回る奴は減る。風紀も動いてくれる。ただ、間宮は不良だから、名前がでて、疑いが上がるだけで、けんかっ早いやつに狙われる可能性がある」
依田の顔から無念が読み取れた。好意でいろいろ動いてくれてるのに、こんな顔をさせて申し訳ない。
「ありがとう。依田には十分感謝してる」
「ごめん。間宮から釈明のインタビューができるなら、その記事は書けるから」
僕は依田にもう一度心をこめてありがとうと言ったけど、間宮はインタビューを受けないだろう。
「なんか、起こってもおれらはみなみの味方だからさ。で、間宮って、結局、黒なの白なの?」
横尾はさらっとかっこいいことを言って、僕に聞く。
僕は首を振ったけど、先日の築島さんとの会話を思い出していた。
間宮は黒だ。TNGのメンバーだった。
「月島さん、間宮悟って知ってますか?」
階下からは賑やかな声がする。まだ築島さんは下に戻らなくてもいいのか、のんびりと煙草を吸っていた。
「悟? 知ってるよ。あっ、もしかして同じ高校か!」
「寮で同じ部屋なんです。」
「偶然だな! どう、悟と仲良くなれた」
偶然といえば偶然だけど、少し作為はある。
「やっと、ちょっと話せるようになりました」
「あいつ、だめだな」
「はいってすぐは、部屋にも入れてもらえなくて」
「あーね。あいつねえちゃん三人いてね、三人の姉と同じ部屋でいじめられてたんだよ。それでか、誰かと部屋にいると発狂しそうになるんだって。それで家に帰らなくなって、不良になったんだぜ。笑えるだろ。せっかく男子校いったのに。意味なかったんだな。もはや人間アレルギーだ」
築島さんは陽気に話したが、笑えない。そんな原因だったのか。この理由を人に話すのは確かに恥ずかしい。年頃の男子なら特にだろう。
「昔は背、低くてな。女の子みたいな顔でな」
「きれいなかおですもんね」
「そうそう」
「昔からの知り合いですか?」
「そんなに言うほど昔でもねぇよ。もともと転勤族かなんかで、ここにきたのも中学入る前ぐらいじゃねぇかな。家が近所でよく近くの公園で一人でいたから話しかけたんだ。ここらへん治安悪いしな」
「それでTNGに勧誘を?」
なれないカマをかけてみた。僕の内心の心臓の音なんて全く聞こえていないようで築島さんはあっさり答えた。
「悟は、中学で家出て、寮に入ったんだ。その割には、うろうろしてるのを見かけて、こいつ駄目だわって、そんで勧誘した。そんなことまで悟が話したか?」
「いえ、学校で噂になって、でも結局うやむやになったみたいです。ただ、間宮が兄のことを気にしていたので」
「まぁ、天才☆新見☆軍団の奴らはみんな新見のこと大好きだらかな」
そこで築島さんは嬉しそうに笑った。
「あいつ、美波くんになんか言った?」
今までの間宮との思い出をたどる。彼は最初に僕にこう言った。
「おまえをゆるさない」
出会いざまの一言は強烈だった。最初は兄が嫌いな不良なのかもとも思っていた。
「えらそうに、筋違いだろ。まぁ、でもわかってやって。俺らみんな、新見が捕まって悲しんだんだ。たんに捕まったっていうのもそうだけど、おれらみんなおいてけぼりにされたような感じががしたんだ。あの解散メールが来て、おれらみんな仲間を家族だって思ってたんだよ。なのに、おれらは切られて、新見が最後に、託したのは、頼ったのは、本当の家族の弟だった」
「はい。わかってるつもりです」
僕は、あの時、喜んだ。仲間より僕を選んでくれたと思った。
兄は抗争中に仲間をかばい工場のシャッターに突っ込んだ。それを器物損壊で立件、そこから今までの暴走行為を芋づる式に見せしめとして罪とされた。僕は兄が捕まってから、なにかあったら見てと言われていた封筒をを開いた。
そこにあったのは、解散の指示のメールだ。
今日をもって、天才☆新見☆軍団は解散します。
合唱 今日の日はさようなら
とだけ書かれた文面。兄らしいといえば兄らしいヒョウキンさ、同時にこんな時にまで弱みを見せない兄の性格を感じた。
同封されていた連絡先のリストはすべてあだ名の表記で一斉送信してほしいとつづられている。
たぶん押収をおそれて、僕にこの封筒を託したのだろう。
こんな大事なこと、事情を知らない僕が送ってもいいのか、信じてもらえるのかわからない。匿名の集団だと聞いていた。だから、知らないアドレスからメールが来ても、どこの誰か、兄に頼られていた人物からのメールだとみんな思い込むことを予想しているのかもしれない。
僕は、ニイミミナミとローマ字表記のフリーメールを取得し、兄の言葉を一斉送信した。
「僕は、兄が大好きでした。だから、TNGの人たちに、僕の存在を知らせたかった。僕の方が兄に頼られた存在だと、誇示したかった。でも、僕も、兄に全然たよられてなかった。すごく子供っぽいことをして、TNGの人たちに嫌な思いをさせたと思います」
兄は、僕にTNGの言葉を託したけど、僕には言葉をくれなかった。たんに当てつけだ。
だから、間宮のゆるさないは、兄が嫌いだから弟の僕も嫌い、じゃなくて、兄が好きだから、僕の事が嫌いだった。
「まぁ、おれも、メール見たときは嫌な奴だと思ったけど、知らないやつからメール来たらそれはそれで仲間内で疑心暗鬼になったから、今となっては最善だったとおもう。それに美波くんには俺たちの方が悪いことを数倍した。肉親を院にいれて、引き裂いて肩身の狭い思いをさせたんだから、俺らが嫌われて当然なんだよ」
「すみません、ありがとうございます」
「よければ、間宮とも仲良くしてやって。ゆるさないなんて、すねてるだけなんだ」
「はい」
混んできそうだと、築島さんは窓の下を見て話した。外はもう暗く外には赤い提灯がたくさんぶら下がっていた。
ハチノスに帰ると間宮はいつもの位置にいた。今日は小説を読んでる。黒い表紙からしてホラーだろう。
「間宮メッセージ見た?」
「んーー」
適当な返事だ。今が面白いところなのかもしれない。集中している間宮はまったっく聞く耳持たずになる。織尾さんが来てからすぐに経緯を連絡したのだけど、このぶんだと見てなさそうだ。一度話しあいたい。巻き込んでしまったことも謝りたい。小説は中盤だった。二時間ほど待てば読み終わるだろうか。
寝ながら読む間宮を見ながらどうしようか考える。
「何?」
間宮が僕をちらりと見た。めずらしい。
「メッセージみた?」
「知らない」
「僕が実家に帰った件で、週刊天白が取材に来て、それで、僕と兄が共謀して、TNGを再建しようとしてるって記事が書かれるかもしれない」
「はぁ?」
間宮は青筋を立てた。本を置いてベッドから出てくる。裸俗な間宮はいつも上は裸だ。鍛えられた腹筋がまぶしい。
「それで、元TNGの間宮も仲間だって」
僕は間宮を見上げる。間宮の方が僕より十センチ近く背が高い前に立たれると気迫がすごい。
「週刊天白の効果がどれぐらい現れるかはわからない。でも、真に受けた不良とか、真に受けなくても、ただあばれたいだけのやつの口実にされるかもしれないから、しばらくは気をつけないといけないと思う」
間宮が僕をにらむように見ていて、怖いけど続けた。
「僕は、とりあえず、一人行動はしない。できるだけ、友達と行動をして人の少ないところにも行かない。僕も、友達も一般人だから、風紀も守ってくれるはずだって、だから、僕はいいんだけど、間宮もきっと危ないと思う。だから、しばらくは外にはいかないでほしい」
本当は間宮にも普通に学校に通って人通りが多いところにいてほしいけど、彼はそれができない。
「ばからしい」
間宮はため息吐き、音を立ててベッド座る。
「もしくは、僕と行動して」
強い目で間宮は僕を見る。整った顔のもつ目力がすごい。
「おまえの指図はうけねぇよ」
「指図じゃない。本当に危ないから、出ない方がいいって」
「危ないから出ないじゃ、なめられるだろ。そんな記事が出てるんならなおさら、外にでないなんてありえねぇよ」
がしがしと間宮は金髪を散らした。まったく聞いてくれるようすがない。最近ベッドでごろごろしているところしか見ていなかったから忘れていたが、間宮は不良で、彼らなりの独特なプライドというものがある。
「でも、相手は何人になるかもわからない、卑怯な奴かもしれないのに?!」
「だから、なんだよ。うるせーな。何だったってやりかえしてやるよ」
好戦的な目がギラリと灯る。鍛えられた体が自分の力を発揮したがってると言うように、間宮はむしろ楽しそうだった。どいつもこいつも不良だ。バカばっかだ。兄はけんかが好きだった。反骨精神の塊で、そのパワーの行き所を、どこかに向けないとやってられないとばかりに、牙をむいた。
「別に、その記事がどれほどなんか知らねぇけど、俺は今まで通り、過ごす。それでやられたら、それまでだ」
間宮は、暴力行為でハチノスに入ってる。風紀には不良の生徒だと認識されている。もし、何かあって風紀に連絡しても、どの程度真剣に取り合ってくれるかわからない。
間宮は読んでいた本もそそのままに、外に出ようとする。その背中に声をかける。
「間宮は本当にTNGのメンバーだから、やられてもしかたないって思ってる?」
「やられても仕方ないとか、思ったことねぇわ。最初から負けるとかおもわねーし。それにメンバーでもない」
「本当に?」
そんなはずはない。築島さんが言ったのだから。
間宮は僕を見る。間宮の目に動揺は浮かばない。あまりの動揺のなさに、僕の方が動揺する。
「メンバーは絶対に、匿名を死守する」
間宮はそう宣言した。
「なんで、そんなにも」
「それが、決まりだからだ。リーダーが決めたんだから、メンバーは必ず守る」
必ず守る、だなんて、自分がメンバーだと認めてるものだ。
ここで、間宮がTNGと認めるよりもこうして、否定してもらう方が、再結成なんて話も否定してもらえていいのだけど、僕には話してくれてもいいじゃないか。
「築島さんは明かしてたけど」
「あの人は、今は仮のリーダーだから、元々半分ぐらいは素性知ってたしな」
間宮は話してから、顔をゆがめた。わかりやすく誘導尋問にひっかかった。彼は自分の失言に気づいたようだ。半分ぐらい素性を知っていたなんて内部の人間しかわからない。
「それでも、TNGのメンバーじゃない?」
間をとってから聞いた。僕が築島さんと接触してるとは思ってなかっんだろう。これで僕が、すべてを知ってるとわかったはずだ。
「違う」
ばればれなのに、間宮はそれでもしらを切る。そこまでTNGとは団結した仲間なのか。
「僕には、言ってくれてもいいじゃん」
「無理だ」
にべもない返しにぐるぐると怒りが沸ったが、必死に抑え込む。けんかしてる場合じゃない。間宮がどんなに否定しようと、喧嘩はふっかかってくるかもしれない。再結成はないけど、間宮は元TNGなのは本当のことで。ややこしい。
「間宮は僕に正直にいったところで危険な目にあったら兄は喜ばないっていったよね。じゃあ、TNGのせいで、間宮が逃げないで危ない目にあっても、兄は喜ばないんじゃないの?」
「おまえは、弟だけど、俺らは不良の仲間なんだよ。逃げたら笑われる」
間宮はふと笑った。きっと思い出したんだ。TNGでの日々を。僕の知らない日々を。
嫌いだ。TNGが嫌いだ。兄が捕まった時もこんなにも嫌いだと思わなかった。TNGのことずっと面白くなかった。嫉妬していた。だけど、家と僕につながれる兄より、いないところで派手な噂をまき散らす兄のほうがずっといい。
間宮は僕の心配より、居もしないTNGの教示を守る。兄の時より間宮の方がずっとずっと嫌な感じだ。
言葉にしきれない感情が巻いている。言葉にしきれないからよくわからなくて、どうしたらいいかわからない。
黙り込んだ僕をしり目に間宮は部屋をでていった。
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