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 がっ、とけりが飛んだ。  蹴られたのは中林だ。中林がうずくまって現れたのは、間宮だった。 「間宮?」 「くんなっていったろ」  間宮は制服でひどく汚れていたけど、元気そうだった。 「本当に、間宮?」 「感動の対面はいい。帰るぞ」  嵯峨崎さんが後ろから速足で入ってきて、僕を取り押さえてた男たちを一瞬でのした。 「つまんねーな」 嵯峨崎さんは僕をちらっとだけ見てさっさと外に出て行った。 「あの人、やばいわ」 間宮はふうとため息をついた。 「間宮、どこもけがしてない?」 「大丈夫だ。外に出ようぜ」 外に出ると、もうみんな暴れつくしたのか、屍が散っている。  唯一、たって話してるのは、葉山さんのかつての仲間たちだ。 「成功したみたいだな」 「はい、嵯峨崎さんが助けてくれて」 「いないの気づかなかったわ。中林もいつの間にかいなかったんだな」 「中林は倉庫でたおれてます」 「じゃあ、ほっとけ。こっちに嵯峨崎さんがついてるってなったら、俺ももう絡まれないで済むわ。解散するか」  解散、と、葉山さんは声を上げた。 「ありがとうございました」  頭を下げるけど、誰もかれも気にしてないようだ。元ブラナイ派の人たちは祭りの後みたいに群れながら帰って行った。 「新見勧誘は難しそうだな」 嵯峨崎さんもつまらなそうに屍を蹴ると、僕の方を見もせず颯爽と帰る。  一瞬の事だけど、なんだか茫然としてしまって、後ろ姿を見送った。  久河さんから、解散メールが来た。もう風紀に連絡は入っているようなので、僕たちもその場をさる。間宮と帰り道を並んで歩く。 「間宮どこにいたんだ」 「第三倉庫の外の掃除道具入れ。もし、お前が仲間連れてきたとき、俺を助けられないようにって、入れられた。すぐに、久河さんがすぐに俺が倉庫にいないことに気づいたみたいで、三宅さんに見つけてもらったけど。で、お前がピンチだからって、俺をつれて嵯峨崎さんが、外で暴れてた残党のして、倉庫に入った」  僕の知らない間に、みんなが奮闘してくれた。 「よかった」  間宮が無事に助けられた。 「よかった。間宮」 「全然、よくない。お前どっかケガとかしてねぇか?」 「細かいケガはあるかもしれないけど、元気。仮にも、新見の弟だから」 「そうか。そうだな。仲間を守るって、すごい兄さんに似てた。やっぱ弟なんだな」 「間宮?」 「俺の友達がさ。お前のことすげぇ嫌いだったんだ。仲間はみんなおいてけぼりにされた。なのにかわいがられてる弟が実はいるだとか。なにもなく平和にしてる弟がいて、そもそも、治安の悪いあそこにチームをつくったのも、弟が安心して街に入れるようだったとか話も聞いて」 「そんなことは」  兄は両親と相いれず家にいることが出来ずに出て行った。家にいるときは僕を気にしていてくれたけど、そんなことまではしないと思う。 「理由の一つだったとは思うけど。それで、嫌いだったんだ。男の醜い嫉妬だよ。おれらはもう二度と会えないかもしれないのに、弟は兄と仲良くできるんだなとかさ。弟だから、苦労してる面もあるのに、そこは見てなかった。院入ってんだからさ。苦労するに決まってるのにな」 「俺、兄のこと好きだよ。で、独占してる。ちょっとそれで、優越感にひたってた」  間宮は俺をちらりと見た。 「知ってる。ブラコン。ほんとブラコン。だから、新見の弟はお前でよかったんだと思う。最初は、こんな甘えたなガキみたいなやつ嫌で、仕方がなかった。それでも、見てると、一生懸命で、負けん気あって。おれを含めてヤバいやつばっかりのハチノスのやつらに世話焼いて仲良くなってさ」  間宮は前をみて、僕のことは見ずに歩く。でも歩調は僕に合わせてくれている。 「今日、来んなって言ってんのに来たから、お礼は言わねぇけど。ハチノスのやつみんな仲間にしてたのはかっこよかった」  日は沈んで、街灯が間宮の輪郭をなぞってる。横顔も美形だ。こんなイケメンに素直にほめてもらうのは照れる。 「僕は全然やくにたってなかったけど」 「そんなことねぇよ。ハチノスの奴らが助けに来たのは、お前の人望だ。兄貴も人望あったけど、お前はお前らしい、やり方だった」  こんなに照れるのは、間宮がかっこいいからだろうか。それとも他に。どきどきするのは、なにか理由が。 「お前は新見の弟じゃなくて、美波として、俺を助けたんだよ」 「名前」 はじめて、名前を呼ばれた。僕の名前、新見の弟じゃなくて、兄は関係ない、僕としての名前だ。 「名前ぐらい覚えてるよ、ルームメイトなんだから」  あぁ、やっぱりどきどきしてしまう。 「僕、全然、強い奴なんかじゃなくて、人望もあるとは思わない。でも助けに行けたのは、間宮だからだ。間宮は絶対に助けないと思った」  きっと他の誰かを助けるためにはこんなになりふり構わず、行動なんてしなかった。兄を嵯峨崎さんに合わせるなんて絶対にしない。 「間宮だから、助けようと思った。僕の事を助けてくれた。兄に甘えっぱなしの僕を叱ってくれた」  立ち止まって、間宮を見上げる。派手な金髪が似合ってる。最初に会った時は嫌いだって言われて、怖くて、意味が分からくて、印象はよくなかった。  間宮も僕を見てる。今は、ちゃんと僕を見てる。それがすごく嬉しい。 「間宮、僕、好きかも」 「何が」 「間宮の事が」 「俺、男だけど」 「知ってる。でも初めてなんだ。こんなにも、助けに行かなきゃって。守らなきゃって思ったの、間宮は前に俺のこと姫って言ったけど、俺にとって間宮が姫だった」  一度好きだと思ったら、間宮のすべてが好きだ。自然と自分の顔がにやけていくのが分かった。 「姫って器じゃねぇけど」 「かわいいよ。ずっとかわいかった、いつも部屋で寝転んで、ぐだぐだしてるのも今思い出したらかわいいと思ってたかも」  すらすらと言葉が出る。いつから、僕は間宮の事をそういう風に思ってたんだろう。いろんな間宮がフラッシュバックする。 「ばっかじゃねぇの」  間宮の声はあきれてるけど、僕の話は聞いてくれてる。よかった。気持ち悪いとは思われてないみたいだ。それだけで、十分だ。 「間宮の恐怖症があるのわかってるけど、間宮と一緒にいたい。その金髪も撫でたい」 間宮をじっと見た。間宮は目をそらす。かわいい。俺よりもでかくて男っぽい顔なのにずっとかわいい。  寮の玄関は目の前だ。僕の住んでるのはあの寮の一階。一室だけある八人部屋。通称ハチの巣。 「僕、ハチノスでよかった。最初は、やってけるかしんぱいだったし、すごい怖かったけど、みんんと仲良くなれた。何より、間宮に会えた」  また、歩き出す。そういえば、おなかが空いた。今日のご飯は何だろう。大勢で食べるご飯も味もハチノスに入ってから知った。 「おい、返事は?」  ぶっきらぼうな声に呼び止められた。この声も好きだ。人見知りで自分からは話さないけど、好きなものについてはよくしゃべる。暇なときも割と相手もしてくれる。きれいな青年の声。 「返事、くれるの?」  そこまで考えてなかった。心から好きがこぼれちゃったのだ。間宮は髪をがしがしと書く。 「お前……、美波が好きってわけじゃないけど」そこで間宮はいったん口を閉じる「扉、ほんとはもう、あの定規はいらない。お前なら二人でも大丈夫だ」 「うそ。やったじゃん」 本当に驚いた。 「その程度に、好意はあるけど」  間宮が話し終える前に、僕は間宮に飛びついた。幸いわい人は周りにいないけど、今朝の今でまた記事にされてしまったら大変だ。 「お前が無事でよかった」 「間宮も」  離れてお互いを見合った。くすぐったいけど、温かい。あぁ、やっぱりこれは恋だ。胸がキュンキュンと痛んでる。 「帰ろ。俺たちの部屋に」 「あぁ」  今日はとても疲れたから、ご飯を食べて、ゆっくり寝よう。  そして明日からもあそこ、ハチノスで過ごすのだ。愉快な仲間と、間宮と、一緒に。

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