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ghost6

 そうやってカッコよく決めて見せた木村だったが、案の定道に迷った。全く我ながら情けないことに、方向音痴は健在だ。  気が付けば同じところをぐるぐる回っている。芥川の「方向音痴治せよ」が効いていて、アプリを使わずにたどり着きたいという思いがあった。  しかしこれでは今日のうちに返しに行けないのではないかと、本気で思い悩み始めた時だった。見覚えのある横顔を見つけて、勢いで声をかける。 「あの、鐘崎さん?」  視線だけで誰かを殺してしまいそうな男に見返されて、それだけで竦む体を叱咤する。 「誰だ、金髪坊主」  指摘された通り、木村は校則違反ぎりぎりの明るく染めた頭をしている。髪の毛を引っ張りながら、10日前のこととは言え、言葉も交わしていない相手を覚えているわけがないと思った。しかし、今は鐘崎以外に頼れそうな人物はいない。 「10日前、彼岸花で」  それだけで伝わったらしく、鐘崎は「ああ」と声を上げて軽く頷いた。 「それで、何の用だ」 「道に迷ってしまって。申し訳ありませんが、店までの道のりを教えていただけませんか」  鐘崎は鼻をならし、面倒そうに溜め息をついた。断られるに違いないな、と諦めかけた時に、鐘崎は唸るような声で言い捨てる。 「ついて来い」  そして迷いのない足取りで、早足に行ってしまおうとしたので、木村は慌てて後を追いかけた。 見た目ほど悪い人ではないのかもしれない。  お互い無言のまま歩き、相変わらず年季の入ったお化け屋敷のような趣きの彼岸花の前にたどり着く。てっきりここでお別れかと思って鐘崎に礼を言おうとすると、片手を上げてそれを制してドアノブを回し、先に入っていった。    鐘崎はここの常連客なのだろうか。木村とは違い、単なるオカルトオタクには見えない。芥川の話を聞いたせいでもあるが、どことなく訳ありの匂いを感じながら、後に続く。  すかさず羽山が出てきて、営業用の笑顔で迎えられた。やはり検査には異常はなかったようだ。 「いらっしゃい……。あ、木村君」  相手が木村だと分かると、素の羽山に戻ってぎこちなく見つめてきた。 「お体は大丈夫なんですか?」 「えっと、うん。特に問題ないよ。ただーー」  羽山は何かを言いかけて、一度言葉を区切ると、意を決したように顔を上げて告げる。 「あの時、木村君の所に行ったのは覚えているんだけど、途中で記憶が飛んでいるんだ。君の部屋で、何があった?」  そう聞かれることを、木村はどこかで予感していた。実際、調子が悪くて意識が飛んだだけかもしれないが、あの時の様子はそれには当てはまらないように思う。 「それはーー」  木村が説明をしようと口を開くと、羽山の後ろから現れた店主が声を上げた。 「それは『彼』が説明してくれるようですよ」  その指先は、木村の背後の何もない空間を指していた。   木村は店主が何を言っているのかすぐには分からなかったが、自分以外の三人が皆同じ所を見ていることに気が付いて、必死に目を凝らす。当然ながら、いくら目を開いても、木村に感じられたのは、気味が悪いほど静まり返った薄暗い空間だけである。  非常に残念に思いながら他の三人を見ると、店主は分からないが、後の二人は緊張して顔を強張らせている。木村を騙すための演技には見えない。その『彼』というのが幽霊で、恐ろしい存在なのだということは察せられた。 「あの、もしかして俺に何か憑いているんですか」  そう尋ねた時に、ずしりと肩の重みが増した。思い出したように体全体のだるさも戻ってくる。これが木村に憑いている霊の仕業だとすると、すんなり納得がいく。 「『彼』は、あなたにお貸ししていた霊ですよ。タクトと呼んでいるのですが、体験だというのに、全力であなたを試したかったようでして」 「試すって……」 「いろいろと霊障を起こして、怖がらせようと遊んでいたんですよ。羽山の記憶が飛んでいるのも、彼の仕業に違いありません。霊感がないというあなたの力を引き出そうとしたのでしょう。私もタクトの対応には困っていまして。何しろ『強くて怖い』。そのうえ、頑固で変り者」 「見えないのが残念でなりませんよ。特に怖い目には遭いませんでしたし、気のいい霊だと思っていました」  店主の説明を受けて、木村が心底残念でならない、という態度を全面に出すと、店主はおかしそうに笑った。 「では、タクトをレンタルされますか。それとも、ちょっと値が張りますが、そのままご購入を検討されませんか?」 「えっと……」  店主はどこか頼み込むように、木村に尋ねてきた。芥川との約束を思い出すが、一瞬迷いが生じて、誘惑に負けてしまいそうになる。  これを逃したら、木村は一生平凡で何の変哲もない毎日を過ごすことになるだろう。溢れる好奇心と衝動を丸め込んで、フィクションのオカルト映画ばかりを繰り返し見て、生温い現実に浸かって満足する。そんなことはできるのだろうか。 「木村様、すぐに答えを出される必要はございません。またお決めになったらいらっしゃっていただいても結構です」  靄がかかったようになった思考の中で、店主が助け船を出す。ふと羽山を見ると、何かを言いたそうに唇を噛んだり半開きにしたりしていた。それに首を傾げて、ようやく返答する。 「じゃあ、考えさせてもらいます」  その途端に、ふっと肩が軽くなり、だるさも消えた。思考も明瞭になってきて、靄が晴れていく。何故迷っていたのか分からないぐらいだ。  すっきりと快適になってそのまま店を出ようとした時に、誰かが言った。 「これは、なかなか見物ですね」  言葉の意味を測りかねたが、確かめることもなく木村は帰路に着く。降っていた雨が嘘のように上がり、オレンジに染まる風景の中で木村の影は長く伸びた。

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