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ghost11
宛もなく真夜中の町をさ迷い歩いていた。数多の人ならざるものたちに招かれ、それに向かっていく。朦朧とした意識の中で、彼等は道標のように芥川を誘導するが、それは死への道だった。
トラックのライトに照らされたが、体が重くて思うように動かない。肩や手足を霊に掴まれていたせいもあるが、頭が上手く働かなかった。
思い返せば、半ばあちらの世界にいたように思う。
引かれそうになる寸前、誰かが芥川の腕を引っ張った。すれすれのところでトラックが過ぎていく。それで我に返って泣き出した芥川は、その誰かに頭を撫でられた。
「坊主、嫌なものばかりつけてるなあ。よし、この老いぼれが、ここにいるもんは祓ってやろう」
暗闇でよく見えなかったが、お爺さんだと思われる人物は、杖を振り回した。すると、途端に羽のように体が軽くなった。まるで魔法使いのようだったと、今でも思う。
「よし、じゃあ帰ろうか。坊主の家はどこかな」
手を繋いで歩いてくれたお爺さんの手は、シワだらけだが温かかった。
「お爺さんが助けてくれたんだ」
家に着くと、両親はとても心配しながら芥川を迎え入れた。話を聞いて青ざめ、お爺さんに頭を下げて感謝して、お礼をしたいのでと言ったが、お爺さんは辞退した。
それならせめて名前を教えてくれないかと言うと、お爺さんは名乗った。
「わしは瀬田昭三。坊主、何かあったらまたわしを頼ってほしい。わしにもお前くらいの年の孫がおってな」
それから芥川の頭を一撫ですると、瀬田は帰っていった。
「お父さん、お母さん?」
翌日、物音一つしない部屋で目を覚ますと、二人はいなかった。置き手紙が置いてあり、「昼頃には帰るから、いい子にしててね」とあった。芥川は買い物に行くならなぜ自分を置いていったのだろうと思ったが、深くは考えなかった。
昼時まで一人で遊んでいると、二人が帰ってくる気配がした。急いで玄関に向かったが、その足は二人を見て止まる。正確には、二人ではなくその背後だ。
「その人、誰?」
「ああ。幸運を呼んでくれる神様よ。ちょっと貸してもらっているの」
「ふーん」
二人には見えないのだろうが、芥川にはとても『神様』には見えなかった。とてつもなく禍禍しいものが渦巻いている。しかし神様というものも見たことがないので、嫌な予感がしながらも、二人がそう言うのならばそうなのだろうと思っていた。
しかし、それから数日と経たないうちに、異変が起きた。両親ともに部屋に閉じ籠りがちになり、食事もろくに取れない日々が続く。
飢えが襲って部屋をノックすれば、ひきつったような悲鳴や奇声が上がり、恐ろしくなった。二人が気になったが、ドアを開ける勇気は出ない。とにかく助けを呼ぼうと、家を飛び出した。
近くの公園まで走ったところで、誰に助けてもらえばいいのか分からずに考えていると、背後から嫌な気配が近付いてきた。
振り返ってはいけない、振り返るな、振り返るなと呪文のように唱えながら、それから逃げようとする。しかし、それは芥川の前に回り込んでいた。
「お前、あの二人の子どもかあ。旨そうだなあ。お前のたましぃ。ひひひ」
耳障りな声を出しながら、生々しい血を撒き散らしてそれは近付いてくる。それは二人が「神様」と呼んだものだった。
芥川が声も出せずに地べたで震えていて、今にも襲いかかられそうになった時、光が差した。
「なんだこれは、まぶしぃ、まぶしぃい」
そんなことを叫んでもがきながら、それは姿を消した。その後ろから、息を見出しながら瀬田さんが走ってきた。また助けられたのだ。
「坊主、危なかったなあ。あれは霊の中でも悪の塊みたいなものだ。わしでも封じられるかどうか」
「瀬田さん、お父さんとお母さんが、あいつに」
「残念じゃが、間に合わなかった」
瀬田は詳しくは言わなかったが、あれが二人を食らったことは察した。肉体ではない。その中身というやつだ。
「坊主、わしが何とかする。だから心配するな、この老いぼれも最後くらい役立って見せる」
「瀬田さん?」
そうして笑った瀬田の、どこか覚悟を決めた風の顔立ちをいつまでも忘れられなかった。
数日後、瀬田が亡くなったことを知った。死因は不明な点が多いと聞いた。
芥川は瀬田の最後の言葉を思い出し、あの霊を封じようとして命を落としたのだと思った。生き返らせることはできないだろうが、あいつを倒して魂を開放させてやろうと心に誓った。
しかし、自分には有り余った霊感しかない。瀬田のように魔を払う力を持った人間の協力が必要だ。そんなことを考えながら数年がたち、高校で出会ったのが木村だった。
どこか面差しが似ていて、何より纏う気が瀬田と同じだ。そんなことを思ううちに、自然な流れで木村が気になっていった。
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