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 母だった人の部屋はそのままに、美藤はしばらくそこに住んだが、中学に入って、父親がやってるお店の寮の一室にすむことになった。夜の店の女の寮に年頃の男をいれるなんてと思うが、そういう父親だから、息子はぐれてるのだろう。  ただ、寮の管理人の前島はいい人で美藤を気にかけているのが唯一の救いだった。ただ前島は寮の人気者で、いつもいつも美藤にかまっているわけにもいかない。  横尾は暗証番号を押してマンションに入る。オートロックの男子禁制らしいけど、横尾は前島に許しをもらって暗証番号を教えてもらっていた。  一階の一番奥が美藤の部屋だ。 「ゆきちゃんいるー?」  インターホンをおして呼びかけると、美藤じゃなくて、隣の部屋の女の人がでできた。 「あら、美藤くんのお友達? かわい」  女の人はまだ、出勤の時間じゃないからか素っぴんでメガネで目が何重にもなって眠たそうだけど、それがそことはかなくエロい。  横尾はそのままお姉さんと話していたら、ようやく美藤の部屋が鍵が開いて、珍しく本人が扉を開けた。  むすりとした顔で俺をにらんで戻ろうとするから、お姉さんに別れをつげて急いで背中を追った。 「なに怒ってんの」 美藤は安定の無視かと、思いきや、横尾を振り返った。 「お前、いつも、隣の女と、話してんの」 「今日がはじめてだけど」 横尾がそう言うと、美藤は興味無さそうに顔を背けた。 「もしかして、焼いてる?」  横尾は家に入って、適当に座った。家の中は六畳のワンルームとキッチンだけで、せまいけど、きれいだ。 「というか、ゆきちゃんさ。いやいや開けに来るならいいかげん合鍵ちょうだいよ」 美藤は返事をせずに床に寝転んだ。  何を言っても、無視なのはいつものことなので、気にしない。  美藤がいれば必ず鍵を開けてくれるが、いないときも多いし、開けるのも遅い。居なくても、飯を持って来ている時は、冷蔵庫に入れていきたいし、いても横尾は別にここの住人とは話したくない。  横尾はこれみよがしにため息を吐くが、なんの反応もしめさない美藤をあきらめて、持ってきた学校に宿題を始めた。  寝ていたと思っていたら、布団の上で美藤は本を読んでいた。彼はチャラチャラの不良にみえて、文字を読むのが好きだということを横尾は最近、知った。不良の美藤をなんとか少し更生しようと前島が頑張った結果、本を与えるとおとなしいと彼は気づいたようだ。物語よりも理系の科学的なものの方がいいらしく前島が美藤に選んで買い与えていた。  数学にてこづっていると、美藤は横尾のそばによってきた。  美藤は本を読むのがよかったのか理数の成績も良いようだ。美藤は小学校の後半は学校に行くことを半ば放棄していたが、中学に入って前島が追い出すようで、少しづつまた通い始めている。横尾は美藤が前島の言うことを聞くのに少しの嫉妬を持ったが、それはいいことなので、その感情には気づかなかったことにした。  教えてくれるのかな、と横尾は期待したが、宿題を一瞬見ただけで、横尾のそばに寄り添うようにして本を投げ出して寝た。美藤の髪を横尾はなでた。コシのあるけどやわらかい、いい髪質だと思った。少し嫌そうな反応はするけど、起きない。美藤は無愛想な男だが、横尾は美藤をかわいいと思った。しかし、そう思う自分はどうかしてると思う。  横尾は犬より猫派だ。自分の機嫌でマイペースの生き物を甲斐甲斐しく世話するのがたまらない。知らなくていい性癖が美藤のそばにいることで開花していくのはいいか、悪いか。美藤はたいへん手のかかる動物だが、横尾は世話を焼くことの楽しんでいた。  横尾はずっと一人っ子だ。父は優しいが威厳のある人で、こと台所では誰も父にはさからえなかった。それでも、父はたくさんの弟子に慕われてて、横尾はその弟子たちと父の間には到底はいれなかった。母は母で女将としてたくさんの従業員の上に立っている。横尾には、多くの年上の大人たちがいて、可愛がられることも多く、また、しかられることも多かった。そして大人の世界からはいつもやわらかく除外されていた。自分がこういう風に美藤を構ってしまうのは、その反動なのかもしれない。美藤の前でだけ、横尾は自分が世話を焼く側なのだ。その間には誰も入れない。

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