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夕飯を食べ終えて、前島が食器を洗いに立つのを見て、美藤はこっそりと前島の携帯をジーンズのポケットに入れる。
そ知らぬふりをして家を出た。
「あれ?よしきくん?」
マンションのエントランスを出る前に声をかけられて振り向いた。出勤するところの嬢とはちあったが、美藤は無視をする。
「あれー?無視? せっかく久しぶりなのに」
嬢は美藤が完全に無視する姿勢だとあきらめて、またねと、去っていった。
あの嬢は若い男が好きなのだ。
少し歩いた。ふらふらと歩いてすぐにたどりつく場所の繁華街は喧騒にまみれてる。一足早く夏日で今日は熱い。あまりの熱気に帰ろうかとも思ったけど、美藤はそのまま足を勧めた。美藤はすこぶる機嫌が悪かった。このままだと関係のない前島にあたりそうだったので部屋を出たのだ。
横尾は家を出た、なんてそんな話、自分は聞いてない。でも、そう言う資格を自分は持っていない。
いま、横尾は何を思っているのだろうか。どうして、あんな約束を取り付けたのか、どうして祖父と喧嘩したのか、自分にはなに一つわからない。
美藤は前島の携帯を開いた。衝動的に持ってきてしまった。できるだけ何も考えず無心で電話帳を開く。
ただ、少し家を出たことを問い詰めるだけだ。馬鹿なことだと。
電話帳のや行に横尾の名前はちゃんと乗っている。美藤の知らぬ間にいつのまにか横尾と前島は仲良くなっていた。それにもいらだちを感じながら電話をかけた。
コールがなる。しばらくして、留守番電話につながった。 繋がらないことが悔しくて続けざまにかけたけどやっぱり繋がらない。携帯を切った。
たんに携帯に気づいてないのかもしれない。それとも、一切連絡をとるつもりがないのだろうか。
美藤は携帯をポケットにしまった。このまま、どこかで、思い向くまま、暴力をふるいたい。負の感情がせりあがる。それを美藤はなんとか我慢して夜の街をひたすら歩いて紛らわそうとした。
美藤は横尾と別れたときのことを思いだす。
季節的には春かもしれないが、この地方はまだまだ寒かった。
美藤は春休みだということで帰ってきていて、横尾が遊びに来ていた。前島はいなくて、外で食べてきなと言われ、二人は近くのファミレスに行っていた。その帰りのことだ。
たまたま、横尾が同級生とあったようで、少しだけ会話をした。美藤はそれを待つことなく、家に足を向けた。それを横尾が走って追いかけてきたのだ。
美藤は何か、言った。自分が何を言ったのかは覚えていない。ただ、横尾はすごく怒った。
「お前は、俺とどうしたいんだよ。俺といたいんじゃねぇのかよ」
横尾は呻るように声を出した。横尾が怒ることはめったにないのでそれは珍しいことだった。
「俺はお前のこと好きだよ。だから一緒にいたんじゃん。信じられない?」
「お前、俺のこと好きじゃなくても必要なんじゃねえの」
美藤は答えない。横尾はそれにも怒った。
美藤はもとから無口であまり話さない。それでも横尾が美藤の思いや意図を汲み取っていたから、話さなくても大丈夫だったのだ。
美藤にとって横尾はよくわからない人間だった。知らない間にいつもいて、何をしても許してくれる。でも、なぜこんな自分のそばにいてくれるのかわからなかった。
「たまには、ゆきちゃんが俺をいるって言ってくれないと駄目だよ」
横尾は悲しそうに言った。
「俺、自信過剰だけど、へこたれるときもあるんだからさ」
彼は自分の首から下げてるチェーンをとった。そこには指輪が通ってる。それはもともと美藤のものだったが、横尾がほしいとねだったものだ。
「かえす。俺がほしいならこれ、また頂戴」
美藤のもとに指輪が戻ってきた。一時はまっていただけで、もともとそこまでアクセサリーが好きな訳じゃない。
「俺、菊野で上に上がらないことにした」
「はっ?」
初めて美藤は声らしい声をだした。
菊野中学はここらへんでは難関で、高校にエスカレートで進学ができる。
横尾は中学時代に美藤の家に来ては勉強をしていた。宿題が多いと愚痴をはき、さらには美藤になにかと勉強をさせようとしていた。
「もともと行きたくもなかったし。だから、俺を探してよ。高校まで迎えに来て」
「俺が必要なら、俺を奪ってよ。期限はお前が卒業するまで」
「期限が切れたら、もう終わりだ」
横尾はそこで静かに笑うと背を向けて振り返ることなくさっさと帰ってしまった。そこから二人は会っていない。
俺は、あいつをどうしたいんだろう。いつもそばにいるものだった。それでも、なくても困らないはずだった。いっそなくなってしまえと思ったこともある。それでもなくならなかったのはあいつの方なのに、こんなに一方的に俺がいらないと言われてしまった。
これが、さみしいという気持ちなのだろうか。それをみとめることもさみしい。
美藤は携帯をにぎりしめ帰路に着いた。
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