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  朝、昼と、特に何もせずに過ごした。前島は仕事をしたりしなかったりしてる。 美藤は一年生の後半からゼミに顔を出して、二年に上がってからはゼミにどっぷりと浸かってずっと忙しい日を送っていたから、こんな日はひさしぶりかもしれない。 「今日ご飯なににする?」 「米」 「おかずを聞いたんだけどね」 前島は買い物にでかけた。前島は世話焼きだ。ここに住む女からもよく相談にのっている。それでも、同じ世話焼きの横尾とは違う。この違いはなんだろう。  なにも考えたくない。研究がしたい。戻ってこなかったらよかったと美藤はため息をついた。 夕方、美藤は藤原から借りた英語の参考書を開いていた。英語は苦手だが今後研究を続けるなら必要だ。 前島は社長から連絡があってでかけた。夕飯はできてるから食べてとのことだ。ここにいてもすることはない。美藤は明日にはもう帰ろうと決めた。  その時、突然、どこからか電子音が流れた。  音源をたどると前島が携帯を忘れたらしい。前島は仕事であまり使わないからか、携帯をいつも携帯していない。それなのに美藤に携帯を買えと言うのだから説得力がない。  もしかしたら、本人がかけてきてるのかもしれないと、液晶をみると、そこには昨日かけた電話番号と名前がでていた。 美藤はその名前を見つめ、できるだけ、なにも考えず勢いで通話を押した。 「もしもし、前島さん?」 美藤は久しぶりの電話越しの声に自分の機能が止まったことを感じた。 「それとも、ゆきちゃん?」 自分の名前が呼ばれている。どうしてわかったのだろうかとも思うが、美藤の行動はいつだって横尾には筒抜けだった。 「久しぶりー。昨日電話くれた? なんか用事?」  返事はしていないのに、むしろしていないからか、横尾は美藤と確定したようだ。イラっとするぐらい明るい声が聞こえた。  昨日は自分からかけたのになんて話していいかわからない。美藤は自分が普段ほとんど話しをせず、会話が横尾まかせだったことを痛感した。 「ほっとかれて、さみしかった?」 重ねて横尾に話しかけられる。 「死ね」 悪態はするすると口からでて、美藤はようやくいつもの感じを取り戻す。  悪態ぐらいは横尾もいつものことなので気にすることもなく、むしろ、少し笑って、ひでぇ、と返された。 「お前、勘当されたって聞いたけど」 美藤はもともと言おうと思っていた要件を思い出し話した。 「うん。そうだけど、誰かに聞いた?」  横尾は本当になんの感慨もなくそう言った。勘当なんて美藤がいうとおかしいが、もっとつらいことなんじゃないのだろうか。 「前島が」 「そうだろうな。なんか、家、継がないって言ったら、じいちゃんマジギレで」 横尾は気にした風などまったくなく気楽に答えている。 「いいのかよ」 「別に継ぎたいと思ったことねぇし。旅館も親戚多いんだから誰か継ぐだろ」 そこで横尾は思わせぶりな沈黙を置いた。 「さみしかった?」 横尾のその声はたまらなく甘い。 「死ね」 「ごめんね。まぁ、ばあちゃんの墓参りにお盆は地元には帰るけど」  けど、という接続詞の終わりは、お前には会わないよ、という意味が含まれているように美藤は感じた。いらいらして、そばの机を蹴ったが、それが自分がさっき言われたようにさみしいことを肯定してるみたいでさらにいらいらする。  会話のついでみたいに横尾は言った。 「どう? 俺、見つかりそう?」  横尾はいつも美藤が黙っていても、まるで美藤が言葉をはなしてそれに相槌を打つみたいに話す。 「それとも探してない?」  横尾の年下なのに子供に諭すみたいな大人びた顔を思い出した。 「ヒントもねぇのかよ」  自分だけが、焦ってるみたいだ。実際、別れを切り出したのは向こうで、その通りなのだが、美藤の腹の炎はヒートアップする。そもそもただの高校生に一人の男子高校生がどこに行ったのかなんて探せるわけがない。  次に横尾が黙った。彼は美藤が考えていることはすぐわかるのに、自分は横尾が考えてることがわかった試しがない。 「ねぇよバカ。必死で考えろ」  電話はそこで切られた。  横尾は今まで、美藤にはとてもとても甘かった。だから、美藤はきっと、横尾は怒っていたが、そのうち、なにもなかったように戻ってくるのだと思っていた。  それが今回、横尾はこちらから電話しないと連絡をよこすつもりがなかったらしい。休み毎に会っていたので、それが当たり前だと思っていたのに、横尾は帰って来てない。  美藤は、携帯を呆然と見る。電話は切れたけど、声は美藤の中で何かを灯した。久しぶりに話した。別れての数か月、別に会えなくて寂しいと思ったことはない。それでも、約束を果たせなかったら、横尾は美藤を簡単に捨て去るのかもしれないと思うと、寒さをもった怒りが沸騰した。  彼がどこにいるかなんて皆目検討つかない。それでも、探さないと横尾は離れてしまうだろう。横尾は頑固だ。猶予は二年を切った。三年になると七組は大学にあがるための論文が大変だとの話だ。探すなら今しかない。探せるだろうか。 美藤は首から下げた指輪を手がいたくなるほど握っていた。

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