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過去(美藤)
美藤は大学から帰ったあとベッドに沈んだ。一人部屋は楽だ。いまは、シャワーも大学のジムにいっているので、さわがれることもなかった。
この学校は顔がいいと何かと騒がしい。美藤は特別、顔で得したことはないと思っているのでいい迷惑だ。
この顔さえなければ、きっと、横尾も自分に付きまとうことはなかった。それは二人にとって、どう影響を持つかはわからないが、いま、こんなにもやもやとわからない気持ちに悩むことはなかっただろうと、美藤は思った。
思えば、昔から横尾と言う男はよくわからなかった。
出会いも覚えていないくらい昔から、横尾は美藤のそばにいた。なにかと世話焼きで美藤がいくら邪険にしても、なにもダメージを受けてないみたいな顔をしていた。
横尾はきれいなものが好きだと言っていた。それも、美藤の顔はとてつもなく好みだと。
思考がまとまらない。明日はそろそろ高校の授業をうけないといけない。ねなければいけないのに、なぜか、頭がへんに軽くて眠れない。
美藤はGWに横尾と連絡をとった後、街を出歩いた。唯一、自分が覚えていて、かつ横尾を知っているツレがいたのでそいつを探す。そこらへんを歩いていたらすぐに連絡はついたので、地元の高校を探すように頼んだ。結果はさっき寮の電話に連絡が来て、どこにもいってないそうだ。そらそうだろう。勘当されたのだからそんな近場には進学しない。それがわかっていたから探させたのだ。
美藤は横尾に捨てられたくないと、あの電話で強烈に自覚した。それと同時に、すでにもう遅いのじゃないかという気持ちもあった。こんな無理難題を言いつけて横尾はもう、見つけさせる気なんてないのだ。だからもし、見つけた時に横尾が困ってしまったらどうすればいいのか。
美藤は横尾に自分がどう思われているのかわからなかった。横尾は美藤が好きだといったが、好かれるようなことは何ひとつしてない。
むしろ美藤は横尾に手ひどい暴力を振るったことさえある。それでも、横尾はそれを受け入れたのだ。
小学校の高学年から、美藤は早くもぐれていた。ろくに家にはかえらずに、いつまでも明るい歓楽街をふらふらとしていた。喧嘩を吹っ掛けられることは多く、幼いゆえに負けることも多くしょっちゅうぼこぼこになっていた。そのたびに横尾はうざいと美藤に罵られながら手当てをしていた。負けてばかりだとしゃくだと、筋トレや武道書などを読んだのがよかったのか、背が伸びたからか、中学二年に上がる頃には負けなしで、黒い噂が近隣の中学にうずまくような存在になっていた。
美藤はそもそもはそんなに気性が激しい人間ではなかったが、家に帰らない、外にでる、喧嘩を吹っ掛けられる、のサイクルでどんどん荒んでいった。でも何かを壊すと一瞬なにか、晴れた気がするのも事実だった。なにもかもかが、腹正ただしくて、壊せるものを壊した。
それでも、横尾は何食わぬ顔で、美藤の部屋に来ては勉強して食事をした。
「お前、なんでここ来んの?」
「うーん。お前がかわいくてたまんないからかな?」
横尾はペンを握っている。近隣では賢いと有名な中学に横尾は通っていて、いつも宿題が多いと愚痴を吐いていた。横尾はなにかと美藤に勉強しろよと言っていた。聞く耳を美藤は持たなかったが、ひまなので、教科書や参考書はたまに目にしていた。
横尾は腕に怪我をしている。昨日なにかの拍子に美藤が殴って、彼はそれを腕で防いだからだ。手のあおたんは痛々しいが、横尾の身体にはまだ痣があることを美藤は知っている。それはぜんぶ美藤がつけたものだった。
「意味わからん」
「そうだろうね。でも、手のかかる子供の方が、かわいかったり、つれない猫のほうがかわいかったりするもんだよ」
そう言って、横尾は笑った。
美藤はその日は堪らなく気がたっていた。久しぶりに喧嘩に負けて怪我をつくった。相手が刃物を持っていて、服ごと背中を切った。傷は大きかったが、浅かったらしく、血はすぐにおさまった。ただ、おもいっきり殴打した太ももがいたい。
なんとか、マンションにつくと、管理人室の窓が開いていた。美藤が自動扉をぬけると、横尾が救急箱を持って出てきていることに気づいた。無視して、自分の部屋にいくと、横尾はついてきて、自分のことをべらべらとしゃべった。遊びに来たら前島に美藤は外に出たと言われ、管理人室で話していたと。窓から見えた美藤が怪我をしてたので、前島から救急セットを借りたと。
部屋を開けた。なんの遠慮もなく、自然に横尾も部屋に入ってきた。
横尾は、大丈夫かと傷に触れた。それに堪らなく、イラついた。
こんな、くだらない傷をつくってるどうしようもな人間につきまとって、なにがあるというんだろう。自分が彼のためにできることは何もない。はやくいなくなってしまえばいい。
横尾は、どうしたと、不思議そうな顔をしている。さんざん殴られても横尾は、美藤につきまとう。
なにもかもが、うざかった。でも、ぼこぼこにしたところでこいつは、何食わぬ顔で、また、明日も来るに違いない。
中学にあがって、しばらくして女におかされた。こんな場所に住んでいるのだから、そんなこともあるだろう。風俗嬢はいろんな性癖を持っていて、その中には尻にいれて、よがるやつもいた。
無理やり犯してしまおう。手ひどく、ズタズタに肉体も精神もほろぼろにして、もうここには来ないようにしてやろう。
それは、美藤にとって奇特な感情だった。彼は他人にあまり興味がない。今日刺された男だって、痛さで気はたっているが、どんなやつかはもう覚えていない。仲間もよっぽどひつこくアピールしないと美藤には覚えて貰えない。だから、それを知っている奴は喧嘩中は殴られないように近づかない。そもそも美藤には仲間という感覚もわかっていない。その日その日に喧嘩をふっかけて来るやつがいる、だからその相手をする。だから、美藤は復讐に来るやつのきもちもまったくわからなかった。その執着とも言える気持ちがわからなかったのだ。
ただ美藤は今確かにどうしようもなく、確かな気持ちをもって自分から、強烈に目の前の男を壊してやりたいと思った。
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