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あの日 1

 美藤は中学三年にあがるとますます荒れて、留守にすることが多くなった。これは緩やかな拒絶かと思ったりもしたが、居るときは開けてくれるのだから、通うしかないのである。  あまりに荒れてる美藤を、この思春期やろう! と怒るときもあったが、小さい頃から見てきた縁もあるし、これを更生するのも自分の役目だと横尾はそのたびに自分をなだめた。基本的に横尾は世話焼きなのである。  それでも、あまりに留守の日が続くと腹が立つ。美藤がいないときに、管理人室にお呼ばれして、お菓子やお茶などでもてなされながら、前島に愚痴を言い、さらに勉強も見てもらいながら待てるけど、それとこれとは話が別だ。  ちょうどその頃、横尾は告白されて彼女が出来たので、その日、美藤の部屋を訪ねたのは、久しぶりだった。留守の帰りしなに前島と会ったので管理人室の客間で、美藤を待っていた。久しぶりだし、今日は徹底的に待とうと思ったのだ。 「今日は久しぶりに来たのかい?」 「そうですね二週間ぶりぐらい」 「学校が忙しいとか? まぁ、でも、うちの不良君にばっか手を焼いてられないよね。ああ、そういえば、彼女できたって言ってたっけ」 「それが、別れたんすよね」 「早い!」 「そうなんです。1ヶ月ちょっとですよ。前の彼女も二ヶ月ぐらいで。告白されたのに、振られちゃうんですよね」  横尾は二人の彼女を少し思い出す。一人目の彼女はポニーテールの似合う子で二か月続いたけど、まだ中学に入ったばっかりの時なのでたいしたことをしてない。二人目は、気の強そうな子で、いろいろさせていただいたけど、その分返しはしたと思う。ただ彼女のお気にはめさなかったようだ。 「幻滅したとか?」 「なんか、愛されてる気がしないとか、言われます。かわいいと思うんですけどね。ねぇねえって話しかけられたりとか、腕組まれたりとかしたら、愛でたいと思うし愛でてると思うですけど」 「愛でるって……、それは、恋愛というよりは、ペットみたいなんじゃない?」 「そうかもしれないですけど、中学生に恋とか愛とか言われてもみたいな」 「モテ男だね」 「別にそんなことはないですけど」  管理人室の客間には小窓がついていて、この時間は前島さんがいれば、嬢の出勤時間なので大体開いている。見えはするが、玄関の扉は音もなく開くようなガラス戸なので、外から入ってくる人間は音だけではわかりにくい。  ただそのときは、ずるずると引きずるような音がきこえたので、誰が通ったことにすぐ気づいた。 外を見ると傷だらけの美藤が足を引きずりながら歩いていた。  前島さんに救急箱を借りて、美藤を追いかける。追いついた美藤の背中の部分のシャツはパックリとやぶけ、血が滲んでいた。 「ゆきちゃん、えらい怪我してるけど大丈夫?」  美藤は過激に無視だ。ふだんから必ず返事するわけではないけど、横尾は美藤がとても虫の居所が悪いのを感じ取った。それでも後ろをついていった。  部屋の鍵をあけて、美藤は部屋にはいる。その後ろに続いて部屋に入った。ワンルームはいつもは明るいけど、今日はとてもくらい。美藤は明かりを付けずに立ちすくんでいる。  とりあえず、怪我の様子を見たい。明かりを付けようと、美藤から目を離したすきに、美藤に引っ張られて、ベットに投げられた。  美藤は横尾の上に馬乗りになった。  カーテンが全開でわずかに、月明かりか、それとも歓楽街の明かりかが入って、美藤の輪郭をなぞっている。表情はわからない。 「どうした?」 「なんで、ここに来るんだ」  開けてくれるからとは、言わない。そういうともう開けてくれない気がした。  なんでこんなに、かまいくたくなるんだろうかと、横尾も自分の感情が不思議だった。  かわいいとは、いつも思っている。でも、彼女にもそれは思っていた。女の子のかわいさは、別格だ。ただ、彼女はかわいいけど世話を焼きたいとは思わなかった。それにこんなにも美藤の部屋を訪れるように、かまってほしいとも思わなかった。そうだ。自分はかまってほしかったのだ。  美藤は俺の腕を掴んでいる。それがどんどん圧迫されていった。  美藤は、たぶんとてつもなく怒っている。なんで、怒っているのかは、わからない。でも、きっと、怒りを受け付けてあげるのは自分の役目なんだろう。  横尾の体にはこの前、殴られた痣がまだ残っている。幸い自分は多少殴られても体が丈夫なので、大丈夫だ。  美藤の怒ってる姿も、横尾はとてもかわいく感じる。 「ゆきちゃんが、なぜか、とてもかわいいんだよ」 重症だと横尾は苦笑した。  美藤は腕を振り上げた。 殴られると思った手は途中でとまる。 「お前、もう来んな」 美藤がその言葉をはくのは、めずらしくないことだ。 「嫌だよ」 横尾がこうはくのもいつものことだ。  美藤の殴ることのなかった手は横尾の脇腹にのびた。

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