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お墓を出て地元に行った。温泉街と観光地はとても栄えていた。どの土産屋も人が多く、食べ物屋も盛況だった。そこで、少しおやつの土産買って、裏道に入る。華やかな表から少し入った場所。この時間は人通りは少ないけども夜はとても華やかになる。飲み屋と、そのさらに奥にはいればいかがわしいお店がたくさんある。それとは少しずれた道を進んだ。そこには古いビルやマンションが立ち並ぶ。その中の比較的きれいなマンションに入った。
重いガラス戸の向こうには、管理人室につながる小窓があった。今の時間は閉まっている。その壁沿いに暗証番号を押すインターホンがあった。
横尾はその暗証番号を押した。自動扉が開く。暗証番号はかわってなかったようだ。
入ってすぐわきの部屋に向かった。美藤はいるだろうか。ほとんど思い切りできてしまって、どきどきとしているが横尾は普通を装った。
管理人室をノックした。しばらくして、音もなく鍵の外れる音がする。いつもなら、前島は、はい、と返事をするはずなのにという横尾の疑問はすぐになくなった。
扉を開けたのは、ものすごく機嫌の悪い美藤だった。
「久しぶりだね、ゆきちゃん。前島さんは?」
本当にいるとは思ってなかったことを顔を見てから気づいた。自分の声はおかしくないだろうか。急に心臓があわてふためく。
「寝てる」
美藤は存外普通に返事した。
部屋に通されたので、客間のソファに座った。美藤が立ったままなの、で横尾は座ったら、と促した。
美藤は素直にすわったので、とりあえず買ったお菓子を渡す。
「思いっきり地元のだけど。前島さんと食べて。にしてもゆきちゃん帰ってきてたんだね」
美藤と会えたことで横尾のテンションがあがった。それに反比例して美藤はどんどん機嫌が悪くなっていく。横尾が軽いことを言って、美藤がなぜか機嫌をわるくするのはいつものことなので、そこは気にしない。
「おまえ、普通に会いに来てんじゃん」
「まさか、いるとは思わなくて」
「おまえが、盆に帰るって言ったんだろ」
「そんなこと、言ったっけ」
「電話の時にいっただろ。ばばぁの墓参りだって」
「そうだっけ」
横尾はすっかり忘れていたが、墓参りは絶対に行こうと思っていたから、行くと口にしていてもおかしくないと判断した。
「ゆきちゃん、俺ってわかって開けてくれたの?」
管理人室にはフロントの監視カメラの映像が小型のテレビに映し出されている。
机には、英検の問題集が置かれていた。その前に美藤は座っている。そこからテレビが良く見えた。
美藤は無視をする。彼は自分にとって都合の悪い時は絶対に返事しない。
「ゆきちゃんは、いつも開けてくれるね」
部屋に沈黙が降りる。なんとなく横尾は部屋を見渡した。管理人室の客間は横尾の座る二人掛けのソファと美藤の座っている一人掛けのソファと真ん中にローテーブルがある。ほかには、本棚があって、そこにいろんな本がある。ここの本は貸し出していると前島は言っていた。その中にはよくわからない調度品があったりしたり、壁にかかった子猫のカレンダーだったり鳩時計だったり、このマンションのこの部屋は風俗嬢専門と思われないような、実家っぽさがあった。たぶん癒しと言われるものだ。そういうところがここの嬢にも、美藤にも受けたのかもしれない。
「こんばんは」
客間の扉が開いた。
前島がお茶を持ってきた。いつのまにか起きていたようだ。
「久しぶりです。前島さん」
「横尾くん、久しぶりだね」
ことりと氷がたくさん入った緑茶が出された。
「これ、どうぞ」
おいてあった、菓子をわたす。
「ありがとう。いいのに、今、横尾くん大変でしょ。どこに泊まってるの?」
「いとこの家に。明日には戻ります」
「そっか。ここに泊まってもよかったのに」
そこで、美藤が極悪な顔で前島をにらむが、前島は気にしない。
「まぁ、いつでもいらっしゃいね。由樹くん心配してたから、あんまり無茶しちゃだめだよ」
「前島」
美藤は地の底を這いずるみたいな声を出す。
前島は肩をすくめて、客間を出て行った。
「心配してくれたの?」
美藤は無視だが、返事をしてくれるとは横尾も思っていない。
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