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よく冷えた緑茶を飲んだ。緑茶を冷やして飲むことってないな、と全然関係ないことを考える。
「俺、探してくれた?」
横尾は緑茶にあった目線をあげて、美藤をまっすぐに見た。
「探した。この一帯には進学してない」
美藤は静かにそう言う。
「お前がなんで、そんな風に言うのかが全く分からない。お前は」
美藤はおもむろに緑茶を勢いよく飲んで、息を吸った。
「お前はガキの頃から、ずっと俺のそばにいた。それで、俺は、たぶん、お前に、甘えていた。だから、お前が俺を捨てるのは……わかる。でも、家まで出る必要あるのかよ。しかも、お前、探せとか意味わかんないこと言うし」
「家をでたのは、ゆきちゃんと関係ないことだよ」
「でも、家にいたら、この先も付き合わざるをえないだろ」
「関係ないよ。ゆきちゃん、別に家、継がないだろ。そもそも、俺は自分の夢のために出たんだし」
少し嘘だけど、と横尾はこそっと脳内で付け加える。横尾が家をでたのは自分のためだ。それは本当だけど、美藤とあわなければ、果たして自分はこんな行動をしていたかは分からな。
「探してくれたんだな。嬉しいよ」
美藤は頭を垂れている。その髪を撫でたいけども我慢する。今の黒いアシンメトリーは春に切ったものだから、もうだいぶ長くなった。美藤がいつもはなんのオーダーもないのに、その時は、黒くしろと言われたのが、横尾は不思議だった。今思えば、七組に入って大学に行くから黒くしろといったのだろう。普通は高校と大学が逆だが。
また切ってやりたいが、そんなことを言える雰囲気でもない。
「ゆきちゃん、変わったね」
美藤はずっと、問題児で、中学は本当に手のつけられない悪ガキだった。まわりにあるものすべてが気に入らなくて壊さなければならなかった。
横尾は高校での美藤のことはしらないが、今年のイケメン図鑑ができた時に、依田が一人一人丁寧に話してくれたから概要は聞いた。
高校に入ってからは、美藤は真逆に引きこもりになったそうだ。学校で見れるのは本当にめずらしいことだったらしい。来たら来たですぐに喧嘩で、停学のくりかえしだったそうだ。それが、なぜか学年の後半になると、大学の方に遊びに行くようになり、二年に上がると七組に編入した。二年になってからは美藤に関する非行の話はなくなったようだった。
美藤は国語や社会は壊滅的でも、もともと理数の成績はよかった。中学時代は、前島さんの手前、学校には一応ちゃんと通っていた。特に科学方面が好きだったようで、横尾もそういう方面の勉強をするときは教えてもらったりしていた。前島さんもそれに気づいたのか、本棚には、そういう方面の本が実は結構ある。
自分がいなくても、美藤はやっていけていた。
「かわってない。俺は、ずっと、お前に甘えっぱなしで……。あん時、俺はお前はどうせすぐに戻ってくると思っていた。一時期は自分で壊してやろうと思ってたのに、俺は心の底では、お前はいなくならないもんだと思ってたんだ」
横尾の思いに反し、美藤はまるで弱音のような言葉を吐露した。こんな風に彼が話すのは本当にいままでにないくらいにめずらしい。横尾は美藤の様子に固まった。
「本当にやな奴だ。お前が家を出てって聞いて、GWにも戻らなくて、本当にいなくなると思った。でも、居場所なんて、探せるわけない。お前が俺をいらないなら、止めない。へんな、希望なん残さないでほしい」
美藤は顔をあげない。不機嫌な声は、怒っているのか、泣いているのか、すねているのかどれだろうか。それともすべてだろうか。
「ゆきちゃん、俺の事好き?」
懺悔をする殉教者のような美藤に言った。彼は返事をしない。
「ゆきちゃんが、いま、何を思ってるのか知らないけど、おれ、もう怒ってないよ。そもそもずっと怒ってない。ねぇ、なんでかわかる」
美藤は頭をあげる。珍しく不機嫌じゃない。一瞬だけ眉間にしわが寄らない顔をしていた。それはとても幼くみえた。
「わかったら、探せるよ」
横尾は立ち上がった。美藤はとっさに腕をつかむ。熱い手は彼の不機嫌な顔が本当はもっともっと機嫌がわるいことをあらわしているようだった。彼はいま、また、捨てられると思って、怖がって、そしてとても理不尽に強く怒っている。
「また、ね。ゆきちゃん」
横尾はその手をそっとはずして、美藤に不敵に笑って見せた。
管理人室をでると美藤は追っては来なかった。小窓もしまったままなので、そのままマンションを出た。外は暗くなりだしている。
握られた腕がいつまでも熱い。久しぶりに彼が触れたそこはそこから燃えて灰になりそうだった。横尾はその腕を自分でも強く握った。
治安が悪いから早くかえらないといけない。今日はバイトから、いったん帰宅する桂が夕飯を作ってくれるはずだ。
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