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模索

 美藤がマンションから寮に戻ったのは横尾に会った次の次の日だった。  マンションに帰ったのは、盆の時期はゼミが閉まり、教授にGWの時と同じように諭され、さらにお土産も期待していると言われたのが大きい。美藤は自分でもおもいもよらないほど、ゼミにはまっていたし、本人に自覚はないが、美藤は好意に弱く、人に好意をもって言われるとそれを断れないところがあった。前島にも連絡をもらったし、盆に数日は帰ることを美藤は決めた。  これだけの言い訳を用意して、美藤は帰ることにした。彼はもちろん、横尾が盆に返ってくると電話で言ったのを覚えていた。それに、美藤は横尾に謝るという、目標を藤原と建てたのだから逃げてるわけにはいかない。  そうして、帰ってはみたが、美藤はまだ横尾を探せていない。その負い目はたぶんにあった。美藤は結局、横尾に自分から連絡を取ることはできずに、グダグダとしていた。  その最中、突然、横尾がやってきた。それもとても軽く能天気な風貌だった。  美藤は横尾に告げられた別れに、寂しさも怒りも、あらゆる負の感情を背負ったのに、目の前の男はいかにも普通で、やっぱり自分は捨てられたのだと美藤は感じた。美藤のこの数か月の間に、自覚しつつある横尾への捨てられたくないという思いは、爆発的に広がっていく。怒りのままにふるまおうとしてしまいそうな感情を必死にセーブしている美藤に、横尾はただ探せというだけだった。  横尾はさっさと、帰ってしまって、せっかく会えたのに、結局あやまることもできなかった。 「美藤、落ち込んでるねー」  藤原が美藤の部屋にやってきたのは、明日から二学期という日だった。  夏休みは美藤が戻ると藤原が実家に帰り、藤原は研究旅行にも参加したので、ずっと会うことはなかったので久しぶりの再開だ。 「会えない間になんかあった? もしかして機嫌さらに悪化した?」  藤原は美藤の状態をズバリとあてたので美藤はかってが悪く聞こえなかったふりをした。もっていた一学期の成績表を見る。  藤原は、二学期のカリキュラム申請の相談に来ていた。同じような授業を選択すると、課題が一緒なので協力し合えて楽なのだ。一学期の初めに主なものな申請は終えているが、一学期の成績をもとに調整が必要になる。  二学期の申請は明後日までに迫っていた。 「二学期は、先輩方も忙しいし、でも一番、いろいろ勉強できるんだから、それまでに個人の問題は解決しといたほうがいいと思うけど」  そんなことはわかっていると、美藤は内心で舌打ちをした。二学期ゼミに集中できるように、一学期は本当に一生で一番、真面目にしていた。行事に一回は出なくてはならないということで、球技大会にも出た。一学期は本当に忙しく目まぐるしかった。それは、でも、今考えると、横尾のことを考えないようにするために、無理に忙しくしすぎてたのかも知れない。  そんなことしたって、問題を先延ばしにするだけで意味なんてなかった。結局、美藤は横尾を探せないと何も解決できないのだ。でも、そんなことどう考えたって無理だ。祖父に勘当されたという境遇の息子に、仲のいい親はひとり暮らし代ぐらいきっとだす。日本中どこだって行けてしまうのだ。せめて横尾が頼りない男なら、親戚の家に預けただろうという線が濃かったかもしれないが、横尾の親戚は無駄に多いし、そもそも横尾は軽い人間だが、オールマイティに大概のことはできる。そういう男だったからこそ、祖父は継いでほしいと期待したし、勘当までにいたったのだろう。 「やっぱ、俺ら互いに国語は鬼門だよな。理数の大学組には代々国語の先生は厳しいって話だし。一学期の課題難しかったし、二学期は、授業多めに出ようか。逆に数学と理科、あと社会は甘めの課題だから、授業は少なめで、英語は俺はもうほぼ授業でない方向だけど、美藤はどうするの?」  地べたに紙が散乱している。美藤の部屋にはもともと備え付きの机とベッドしかない。本来の備え付きであるはずの脚が折れるローテーブルは二年に上がってすぐの藤原とのけんかで壊して捨てた。  美藤はうわの空だった思考をなんとか戻す。 「英語は様子見る。文法の方は出ると思うけど、Ⅱの方は出ない方向で」 「下田、わかりやすいもんな」  藤原は紙を整理し始めた。もともと美藤は散らかしてないのでそれを眺める。藤原もずいぶん世話焼きだ。彼は一年から七組で中学から有名だった超天才少年で、孤立していたと美藤は聞いていた。本人はフランクな人物だけど、ここの生徒はプライドが高いのでなかなか親しくはなれなかったのだろう。七組に大学組で近い分野の生徒が入ることがとても楽しみだったのだと喧嘩の後で彼は言った。 「美藤は、意中の人物に謝れず、振り向いてももらえず、不機嫌なわけだよね」  部屋はあらかた片付いて、藤原はお茶をいれていた。藤原はしょっちゅう遊びにくるので、わがもの顔だ。  冷蔵庫にはペットボトルの麦茶が入っている。マンションの部屋にいたころはお湯で沸かして作ったお茶が常備されていた。それをいつもつくるのは横尾だった。  美藤はたくさんのものを、知らないところで彼からもらっていた。でも横尾がそんなことをする意味がわからない。幼馴染と世話焼きという要因が横尾を縛っている。 「態度に出すぎる素直さも、困り者だな。うーん。連絡がとりようもないなら進展も好転ものぞめないし、でも機嫌はそろそろ治してもらわないと。俺も先輩に美藤が怖いっていう相談を受け付けて、そろそろ支障がでそうだし」  藤原もしらないところで苦労しているようだ。 「だからさ、愛想をつける、少しは人の考えていることを顧みるということを学ぶべきだよね。あと自分の気持ちをセーブするのと自分の顔が怖いのを自覚すること。美藤はいままでろくに人間関係を気づいてこなかったからそんなことになったんだよ。もっと友人をつくっていかないと。友達はいらだつことは多くあっても、なかなか楽しいし。いつもいつも自分に合わせてくれるわけじゃないから、たまには自分も合わせていかないとさ」  なにか含みもあるが、藤原の言ってることはわからないでもない。それでも美藤は今からそんな自分を変えていくことなんて無理だし、友人もほしくないとすぐさま思った。 「いま、友人とかめんどいって顔にでてた! でも世に出たら、そんなわがままばかり言えないし少しはコミュ障治して、社交性をつけていかないと!」  藤原は大げさに身振り手振りをして熱弁した。彼は美藤の顔がゆがむのが完全におもしろがっている。 「だからってこんな学校で友人をつくるとか、普通に考えて無理だろ」 「まぁ、そうだね。俺でも、できなかったんだから。別に怖がられてるわけでも、モーゼができるわけでもないけど」  藤原はさっきのテンションをどっかに捨てて、あっさりと答えた。 「美藤、顔もいいし、怖いうわさもたっぷりあるし無理だろうね……」 今までの会話がまるで無駄だったが、美藤はそもそも実のある話をしているとはかんがえてなかったので、どうでもよさげに息をはいた。 「あっ、でも待って」 藤原は美藤に良い提案だという風に笑った。 「いいのがいるわ。俺を七組って知らなさそうだったから、たぶん外部で、すげぇコミュ強。友人を作るべき、お前に紹介したげようか」 そう言って、藤原は携帯を探したが、見つからない。 「あれっ、俺、携帯持ってきてなかったっけ」 「ここに来るときお前はたいていもってきてないだろ」 「そうでしたね。じゃあ、まぁ、いいや。明日、申請行くでしょ。玄関に朝礼始まる前に集合ね」  いらないし、その誰か知らないコミュ強の男に迷惑だと思うが、何を言っても藤原は止まらなさそうだから、美藤はとりあえず、わかったと返事をした。 「美藤、携帯買ったんだよね? ちょうどいいじゃん。対面だと、親衛隊とかいろいろあるから、まずはメールで練習したらいいし。かなりおしゃべり上手、聞き上手な感じだから口下手な美藤でも大丈夫と思う。でも、後輩だからお前がリードする気持ちでいけよ。いつもいつもお前のわがままを聞いてくれるやつばかりじゃないんだから。愛想としゃべりを手に入れろ! めざせ、先輩と無駄話をできるコミュ力!」  藤原は熱弁をする。普通に無理だと美藤は思った。でも、ゼミの先輩に迷惑はかけたくない。いま、美藤の周りには藤原の言う通り、前島も藤原も横尾も、自分のわがままばかり聞く人間しかいないから、自分がわがままを聞くまではいかなくても、せめて気を付けるぐらいにはなれないといけないかもしれない。  藤原はよし、とその勢いのまま立ち上がり、もう一度、明日の朝の待ち合わせを確認して、部屋を出た。  そもそも、待ち合わせてどこかに行くなんて女子かと、つっこみを入れたいが、美藤は事務室にいくのに迷ったことがあるのでそれを思っての事だろう。不都合があると、いろんな先生を訪ねる可能性も出てくるので、先生の顔と名前がぜんぜん一致してない美藤にとってはありがたい。  さっきまでは、藤原のやる気に乗せられて少し乗り気になっていたが、ひとりになると、後輩とメールしかも、コミュ力を上げるためなんてものすごくかったるい。明日を億劫に思いながら美藤は寝る用意をした。

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