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 横尾はなんとなく、ざわつきが大きくなるのをかんじ、そして、急に静かになったのをかんじた。何か知らないが、いまだと、本格的に眠ろうとした時だった。 「おい」  声がした。自分に向けられた。とてつもなく不機嫌な声は少し困っているようにも感じた。  横尾はどちらかというとねぎたない。一度ねるとなかなか起きない。美藤の家に遊びに行ったときもうっかり寝てしまい夜遅くだったということも何度かあった。そのたびに、美藤は困った顔をしていた。起こそうとしたのだろうけど、起きなかったのだろう。声をかけられただけじゃ横尾は基本的に起きないのだ。こういうときこそ、叩きおこせばいいのにと思ったけど、寝ている相手には暴力をふるえないようだった。  横尾は目覚めた。ゆっくりと起き上がる。  目の前には制服をきた、美藤がいる。そして、めちゃくちゃ不機嫌である。わかっている。彼は横尾に全力でからかわれたと思っているだろう。 「ゆきちゃん、この前ぶりじゃん」 だから、横尾は殴られてやろうと、とても軽く笑った。  美藤は横尾が起きたとわかると、胸ぐらをつかんでおもいっきり引き上げた。横尾は起き抜けで足がうまく立たず、はでに机にぶつけた。 「いった。そんなに怒らなくても、というかゆきちゃん、ずるしただろ。だめじゃんずるしたら」 「お前、おれをからかってるんだろ」  美藤がとても怒っているのは火を見るより明らかである。それでもそこに油を注ぐように横尾は話すのだから、二組の雰囲気ははんぱなかった。  二組の誰もが、なんでもいいから謝れよ横尾、と思っていたが、横尾はにやにやととてもいやみったらしく笑った。  がたがた、と派手な音をたてて、横尾の後ろの机がたおれた。中のものが派手にぶちまけられる。  横尾は教室の後ろの壁まで引ずられ、体をおしつけられている。Yシャツの胸元はすでにしわしわになっていた。 「ゆきちゃんの怒った顔はかわいくて好きだけどさ、怒ってるのは俺のせいじゃないし。ゆきちゃん、ずるしたから、わかんないんじゃん」  どうみても、横尾は美藤になぐられる五秒前のような位置にいるのに、横尾がそれに焦るようなことはまったくなかった。 「わかるかよ」  美藤はますます顔を凶悪にするが、力はわずかにゆるまった。 沈黙が教室を支配する。 「横尾、痴話喧嘩ならよそでやれ」  沈黙を破いたのはクラスの委員長、東だった。東は手に教材を積んでいた。先生からのお使いで教室を出ていたのだが、いましがた戻ってきたようだ。  美藤は怒りのまま、東を思いっきりにらむが、東も東で、強いので、どこふくかぜだ。 「ゆきちゃん、とりあえず、教室帰ったら?」 横尾は壁ドンの状態で、能天気に軽くそういった。  美藤は乱暴に投げるように胸ぐらをひっぱった。下に引っ張られた横尾は前にすッ転びそうになったが、その拍子に胸倉でなく腕を美藤に掴まれた。  横尾は転ぶことは回避できたが、美藤に引っ張られて教室を連れ出される。  そのとき、ちょうどその時チャイムがなった。 「東、おれ、体調悪い!」  横尾は教室を出る前にそう言い捨てた。  二人がさった教室は一瞬の間をおいてから、絶叫だった。美藤から逃げていた生徒がおそるおそる戻ってきた。ちょうど入ってきた先生がなんの騒ぎだと頭を抱えた。 「先生、おれ、ちこくじゃないよねって、なんだこれ!」 騒ぎの中、走った依田が教室の前にいる先生に叫んで、そのまま入り込むと、自分の机が派手に倒れていた。 「いじめ?いじめなの?!」 依田が騒ぐことによって、クラスは少しだけ、ざわつきをがおさまった。 「東なにが、あった?」 「えっと、とりあえず、今日、横尾は体調悪くて休むそうです」 先生はなんだそりゃと、顔をした。

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