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第10話
ざぶざぶと顔を洗ってから顔を拭いた。
今日はもうだめだ。
環境が変わったせいか情緒不安定すぎてどうにもならない。
どんな顔をしてるのか気になって視線をうつすと、鏡越しに柊吾 の姿が見えた。
「いちいち着いて来ないで」
急いで洗面所を後にしようとすると、手首をつかまれて抱き寄せられた。
あっという間に柊吾の腕の中。
顔が近くて、心臓が跳ねた。
「どうせ付き合ってた奴の事でも思い出したんだろ」
「べ、別に…!」
俺の頭の中をのぞいてるみたいに言い当ててくるから、思わず動揺してしまう。
「泣いてる原因、唐揚げか」
俺はわざと返事をしなかった。
柊吾に話す必要なんてないし、状況を説明したら、彼を思い出して号泣してしまいそうだったから。
「お前が泣くだけ無駄だ。アイツはすぐにお前の味なんて忘れて、嫁に『お前の唐揚げ最高だな』って言うぞ」
耳元で響く意地悪な声。
「うるさい!放っといてって言ってるでしょ。彼の事何も知らないくせに」
離して…!ともがくけど、力では全然敵わない。
「知りたくもないな。最悪な手段で恋人を裏切った男の事なんか」
「やめて、彼を悪く言わないで」
彼は悪くない。
彼は自分の気持ちに正直に生きただけ。
彼の隣を歩くのは俺ではなかった。
ただそれだけ。
「お前…バカだな」
「なっ…」
いきなりバカ呼ばわりされて嫌な気持ちになった。
仮にバカだとしても、柊吾に言われたくなかった。
「よく考えろよ。同棲してるお前がいるのに、内緒で子供作ってお前を捨てて勝手に出ていった男だぞ。悪いに決まってるだろ」
「客観的に見たらそうかも知れないけど…。それだけじゃないから…」
俺は彼を愛してるから、どうしても彼を悪者にできない。
『彼の幸せ』を軸にして物事を考えてしまうから。
彼に新しい家族ができた事は、彼にとって喜ばしい事。
彼の幸せが俺の幸せ。
だから、柊吾に俺の気持ちなんて理解できるはずがないんだ…。
「環生 」
「え…?」
今、環生って名前で…?
「美味かった」
柊吾は俺の手を取ると、指先にそっと鼻を寄せた。
「わざわざ生の生姜やニンニクすって作ったんだろ」
そのまま指先にキスをされた。
それをアピールしたい訳じゃなかったけど、気づいて誉めてくれたのが嬉しかった。
その仕草が王子様みたいに優雅で、急に恥ずかしくなった。
「い、意地悪なのか優しいのか…どっちなの///」
失恋した俺に意地悪を言ってからかってのか、慰めようとしてくれてるのか…。
俺にはよくわからなかった。
とりあえず照れてしまって目が合わせられない。
バクバクいってる鼓動が、体ごしに伝わってしまいそう…。
「…お前はどっちでいて欲しい?」
「べ、別に…どっちでもいい」
わざとそっけない態度を取ると、柊吾がフッと笑った。
「お前…泣いたり怒ったり赤くなったり忙しい奴だな」
「うるさいな。もう離して!」
俺が暴れると、またぎゅっと抱きしめられた。
慰めるみたいに頭を優しく撫でられた。
どうして優しくするの…?
困った俺は身動きが取れなくなった。
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