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第19話

その夜の事。 今夜は秀臣(ひでおみ)さんも家にいたから、3人でカレーを食べた。 市販のルーで作ったし、SNS映えしそうな盛り付けはできなかったけど、2人は家庭料理を珍しがっておかわりまでしてくれた。 俺がここへ来るまでの数ヶ月は家政夫がいなかったから、出前やコンビニのお世話になっていたらしい。 お風呂で一日の疲れを癒してリビングへ行くと、柊吾(しゅうご)がソファーで雑誌を読んでいた。 「行くぞ」 俺の姿を見た柊吾は部屋へ向かう。 「俺の事…待っててくれたの?」 「俺が先に部屋に行ったら、お前遠慮して来ないだろ」 本当に待っててくれたんだ…。 ぶっきらぼうだけど、何だかんだで優しい柊吾。 「先に入れよ」 柊吾はそう言ってベッドの奥を譲ってくれた。 「あ、ありがとう」 横になると、続いて入ってきた柊吾に抱き寄せられた。 「えっと、あの…///」 「昨日抱き枕になってやったんだから、今日は環生(たまき)がなれよ」 「う、うん…」 お風呂上がりでまだ暑いけど、おとなしく柊吾の言葉に従った。 抱き枕にはなってるけど、腕枕をされているのと同じ体勢。 さり気なく頭の位置を調節して心地いいポジションにおさまった。 「ここで…やっていけそうか」 「うん…俺は大丈夫。でも、柊吾は?俺がいて嫌じゃない?」 仕事中に泣いたり、寝坊したりして、お給料をもらえるような働きをしてる自信がなかった。 体のお世話もできてないし…。 「嫌だったら速攻で追い出してる」 そっか…。 嫌じゃないって事は、いてもいいって事なのかな。 役に立っている実感がなかったから、ちょっとホッとした。 「…麻斗(あさと)の事、聞いたか?」 それって…麻斗さんがセックスに興味がないって事だよね? 兄弟仲はよさそうだけど、麻斗さんが柊吾にどこまで話してるかわからないから、返事をしなかった。 「アイツ、ちょっと難しいだろ」 あ、柊吾も知ってるんだ…。 麻斗さんに理解者がいた事に安心した。 家族にも内緒にしてるなら、本当に孤独だと思うから。 「麻斗さん…初めて会ったばかりの俺を頼ってくれたから嬉しかったよ」 麻斗さんは俺を信頼して、自分の事を話してくれたから。 「お前、変な奴だな。普通あんな話聞いたら困るだろ」 「ん…、事情は少し複雑かも知れないけど…麻斗さん優しいし、俺の事も大切にしてくれたよ」 抱きしめられたり、体に触れられたりしたけど、全部俺にしていいか聞いてくれたし、俺が嫌がる事はしなかったから。 「ふーん」 急に俺を軽蔑するような態度。 俺を見る瞳が冷たい。 「俺…何か変な事言った?」 「別に。あんなに彼氏が忘れられないってピーピー泣いてたのに、すぐ他の男になびくんだなと思って」 「そんな…!そんなつもりないよ」 確かに麻斗さんに優しくされて嬉しかったけど、だからってそれがすぐ恋愛感情に結びつく訳ない。 弱っていた昨日は、柊吾の優しさにキュンとして一瞬恋しそうになったけど、通常モードの時はそんな軽はずみな事する訳ない。 「麻斗に近づくな」 いつもより低い柊吾の声。 強制力のある本気の声だった。 「そ、そんなの無理だよ。一緒に住んでるんだし…」 「そうじゃない。同情や興味本位の軽い気持ちで麻斗に近づいて、麻斗を振り回すなって言ってるんだ」 さすがにその言い方はないと思った。 俺が麻斗さんに酷い事をするかも知れないって思われた事がショックだった。 「俺…そんな事しない。柊吾は俺がそんな事すると思ってるの…?」 こんな時に泣くのはだめだって思うけど、どうにも悲しくて涙ぐんでしまった。 「……悪かった。麻斗にチヤホヤされていい気になって、勝手に好きになって…。麻斗が自分の思い通りにならないからって、麻斗を罵って傷つけた奴を何人も見てきたから…」 辛そうな柊吾の表情。 もしかしたら、過去にそんな事があったのかな…。 もしかして、雇われた家政夫の中にそんな人がいたのかな…。 そんな過去があったなら、俺に釘を刺したくなる気持ちもわかるような気がした。 「昨日柊吾が俺に優しくしてくれたから…。俺はもらった優しさを麻斗さんに差し出しただけ。それだけだよ」 他にも言いたい事はあったけど、俺はそれだけを伝えた。 ハッと何かに気づいたような柊吾は申し訳なさそうな顔をした。 「柊吾は麻斗さんの事、大好きなんだね」 「…っ、うるさい!いいだろ別に///」 麻斗さんを大切に思い過ぎて、麻斗さんに近づく俺を悪者扱いしてしまうくらいに。 俺はひとりっ子だから、兄弟を思う感覚はわからない。 でも、兄弟仲がいい事がわかって、あったかい気持ちになった。 「俺…やっぱり一人で寝るよ。麻斗さんと2人きりになるのもやめる。皆優しいから、つい甘えちゃったけど…誤解を招いてもいけないし、これからはちゃんとするね」 「どうしたんだよ、急に」 「だって…俺、ただの家政夫だから」 そう、俺はただの雇われ家政夫。 麻斗さんや柊吾は俺の雇い主。 入り込み過ぎてはだめ。 輪を乱す事や皆を不安にさせるような言動は慎まなくちゃ…。 起き上がってベッドを降りようとすると、ぎゅっと抱きしめられた。 逃がさないとばかりに力強く…。 「行くな」 言葉は命令形だったけど、声に力がなかったから『行かないで』って言ってるように聞こえた。 驚いて柊吾の顔を見ると泣きそうな顔で俺を見ていた。 俺の知ってるちょっと強引だけど本当は優しい柊吾とは違いすぎて戸惑った。 「側にいてくれ、頼むから…」 迷子の子供みたいに不安そうな様子。 そんな顔されたら、この手を振りほどけない。 もしかしたら柊吾も、麻斗さんみたいに『何か』抱えてるのかも…。 「わかったよ、柊吾」 俺はそっと柊吾の背中を撫でた…。

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