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第30話

夜になっても柊吾(しゅうご)は部屋から出て来なかった。 麻斗(あさと)さんが部屋を貸してくれたから、今夜はそこで眠る。 秀臣(ひでおみ)さんは何かあったらすぐにおいでと言ってくれた。 麻斗さんのベッドに入る。 麻斗さんのにおい…。 いつもは柊吾のにおいのするベッドで眠っていたし、一人きりで眠るのはこの家へ来て初めてだったから落ち着かない。 柊吾…どうしてるんだろう。 寝返りをうってみても、スマホを触ってみても思い浮かぶのは柊吾の事ばかり。 昼も夜も部屋の前に食事を運んだけど、全然手を付けてなかった。 きっとお腹を空かせているし、喉も渇いているはず。 もし、具合でも悪くなっていたらどうしよう…。 いてもたってもいられなくなった俺は柊吾の部屋へ向かった。 「柊吾…俺だよ、環生(たまき)。入っていい?」 返事も物音もしなかった。 「入るよ」 ドアには鍵がかかっていなかった。 部屋は真っ暗。 手探りで明かりをつけた。 「柊吾…!」 柊吾は部屋の真ん中で俺に背中を向けたままポツンと座っていた。 俺より大きな柊吾が小さく見えた。 床には机の上の物や、本棚に並んでいた本が散らばっていた。 「柊吾、大丈夫?」 近寄って、肩に触れるとその手を払われた。 「触るな!」 「痛っ…」 顔をしかめる俺を見て、柊吾が不安そうな顔をした。 「出て行ってくれ…。また俺が何かする前に早く!」 柊吾は瞳に涙をいっぱいためていた。 ずっと泣いていたのかも知れない。 目が腫れていた。 きっと自分は人を傷つける事しかできないって思ってるんだ。 自分に近づいた人は全員不幸になるとか思ってるんだ。 一日中そうやって自分を責めてたんだ…。 どうやって柊吾に接したらいいんだろうって思っていたけど、自然に体が動いた。 俺は後ろからそっと柊吾を抱きしめた。 「いいよ、酷い事しても」 ビクン!と弾かれたように柊吾の体が動いた。 「柊吾に酷い事されても、秀臣さんや麻斗さんが守ってくれるから…。だから、いいよ」 「よくないだろ?俺から離れろよ。俺の側にいたら傷つくだけだ」 今さら何を言ってるんだろう…。 毎晩俺をベッドに呼んでおいて、昼間も俺にべったりなのに。 本当は淋しくて甘えたくて、誰かに側にいて欲しくて仕方ないくせに…。 「嫌だ、離れない」 さっきよりきつく抱きついた。 柊吾がその気になったら、簡単に振り解かれてしまうから。 「ちょ、お前離せよ…」 「嫌だってば!」 何が何でも離さない!って気持ちでギュウギュウ抱きついた。 何をしても側にいて、受け止めてくれる人がいたら、柊吾は安心するかも知れない。 そうしたらもう少し素直になるかも知れない…。 「柊吾のバカ!意地っ張り!!」 「誰がバカだよ、離せって…」 「バカは柊吾だよ。そうやって自分で自分を追い込んで、勝手に壁を作って、皆を突き放すから淋しいんだよ…。甘えたかったら素直に手を伸ばせばいいだけ。秀臣さんも、麻斗さんも待ってるのに…!」 秀臣さんや麻斗さんは本当に柊吾を心配してる。 柊吾が2年前の事故を乗り越える事を願ってる。 柊吾に頼られるのをずっと待ってる…。 そんな2人の深い愛情を思ったら、感情が高ぶりすぎて泣けてしまった。 一度スイッチが入ったらおさまらなくて、子供みたいにわんわんと泣き喚いた…。

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