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第2章 第11話side.柊吾
〜side.柊吾 〜
「柊吾、抱いて…」
環生 が潤んだ瞳で俺を見つめながら、ゆっくり脚を開いた。
普段出さないような甘えた可愛い声で腰を揺らしながら俺を誘う。
最初は家政夫という存在自体が邪魔で、環生の事も鬱陶しいと思っていた。
でも、よく見ると俺好みの普通っぽい顔をしていた。
暮らしていくうちに性格も可愛げがある事に気づいた。
あんなに喜怒哀楽が激しいのに、時々歳上ぶってくる変な奴だ。
ここへ来た初日、捨てられた男を思い出して泣く環生を一晩中抱きしめて眠った。
これからもこうして泣くんだろうか…。
そう思っていた俺の心配は無駄だった。
次の日、環生は昨日の事なんかなかったように、すっかり元気になっていた。
ずっと前から一緒に住んでいるかのようにあっという間にこの家になじんだ。
あまり人を寄せつけない秀臣 や、人当たりはいいけど、どこか一線を引いている麻斗 とも上手くやっていた。
どこかのタイミングで俺の事情も知っただろうけど、環生は変わらなかった。
腫れ物に触れるような態度も、表面的な言葉で慰める事もしなかった。
俺が情緒不安定な時も、眠る時も黙って側にいた。
俺たちの特殊な性癖も受け入れた。
意外と過激なところもあるけど、それだけ俺に真剣に向き合ってくれた証拠。
いつだって包み込んでくれた。
環生をもっと知りたい。
側に感じたい…。
環生を抱きたいと思う夜もあったけど、完全に俺を信じきった様子で眠る姿を見ると何もできなかった。
初日に意地悪をした時の俺を拒絶する言葉や表情がチラついて手を出せなかった。
俺は精神安定剤がわりの環生に嫌われるのが怖かった。
俺のせいで死んだ恋人。
環生が俺と関わって同じ目に遭う事を恐れた。
それに、精神的な安らぎを求めて環生を抱くのは、恋人に悪い気がした。
環生は、今までの家政夫とは思い入れが違ったから。
アイツを自分の中で過去の存在にする事が罪だと思った。
一生俺が忘れずにいる事が供養だと信じて生きてきた…。
俺が荒れた日の夜、環生がベッドで言った事が忘れられない。
「柊吾の気持ちが落ち着いたら…もう自分を許してあげて…。もし俺が亡くなった柊吾の恋人だったら、柊吾が辛そうにしてる方が辛い。柊吾には幸せになって欲しいって思う。柊吾がずっと想ってくれるのは嬉しいけど、立ち止まったままだったら、心配で天国でゆっくりできないよ…」
一歩踏み出す勇気がないのを、全部恋人のせいにしていた事に気づいた。
大学をやめたのも、家から出なくなったのも…。
俺が笑うと幸せそうに笑ったアイツの幸せそうな笑顔を思い出した。
俺は2年間も何をしてたんだ…。
環生が気づかせてくれた。
環生は俺に色んなものをくれた。
そんな環生が真っ先に俺を選んで『抱いて』と言う。
今まで世話になった分、何が何でも気持ちよくしてやりたいと思った。
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