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第3章 第1話

秀臣(ひでおみ)さんたちと初めての4Pをしてから1週間が過ぎた。 俺たちはさらに仲良くなって毎日楽しく暮らしていた。 あの日、結局夕方まで眠ってしまった俺。 目を覚ましたら皆も一緒に寝ていたから驚いた。 ずっと側にいてくれたんだ…と、満たされた気持ちになった。 秀臣さんに持ちかけられた契約延長の話。 俺が望むなら今の会社を辞めて家政夫を本業にしてもいいって。 今のアパートを引き払って、ここに住んでもいいって。 家政夫の仕事も皆の事も大好き。 ずっとここにいたい。 やめたくないって思ってたから、嬉しくて、嬉しくて…。 今までの俺だったら『有休でたくさん休んだあげくに辞めるなんて言ったら迷惑をかけてしまう』と思って尻込みしたと思う。 でも、俺は俺の気持ちを優先してみたくなった。 『よろしくお願いします』って言ったら皆が交代で抱きしめておでこや頰にキスしてくれた。 夜は秀臣さんが、俺の好物のお寿司をデリバリーしてくれた。 そんな訳で俺はまた忙しくなった。 昼間は会社を辞めるための引き継ぎや挨拶回り、帰ってきたら家政夫の仕事。 昼間の家事は柊吾(しゅうご)が代わりにやってくれるようになった。 住んでいたアパートも月末で引き払う事になったから、引っ越しもしないと。 何かとバタバタしてるから、あの日以来4Pはお預けだけど、日替わりで誰かの部屋へお邪魔するようになった。 秀臣さんとはハーブティーを飲みながらおしゃべりしたり、アロママッサージをし合ったり。 麻斗(あさと)さんとは、麻斗さんのオススメの音楽を聞いたり、抱きしめ合ったり。 柊吾とは体の一部だけくっつけたまま、お互いに好きな雑誌を読んだり、ゲームをしたり。 今日は柊吾の部屋で過ごす日。 2人でベッドに横になって、それぞれスマホをいじっていた時だった。 別れた彼から『元気か、最近どうしてる?』とメッセージがきた。 会いたい、もう一度話がしたい。 相談に乗って欲しい。 俺を理解して癒してくれるのは環生だけだ。 下心を隠すためにそんな陳腐な言葉を並べる元恋人に一気に冷めた。 きっと会ったらどさくさ紛れに俺を抱くんだろう。 心にもない甘い言葉で俺を繋ぎとめて、専用の性欲処理係に仕立て上げるために。 少し前の俺だったら、彼に求められるのが嬉しくてノコノコ会いに行ったんだと思う。 俺の事を大切にしてくれない彼に体を差し出すためだけに。 でも今の俺はもう違う。 俺は柊吾たちに抱かれて、自分主体でセックスしてもいい事を知った。 今思えば俺たちは平等じゃなかった。 彼に愛されるためには、健気に尽くす事が当たり前だと思ってた。 セックスしたくなくても、彼に求められたら応えるのが恋人の俺の役割だと信じてた。 それなのに俺は抱いて欲しい時に『抱いて』って言えなかった。 自己主張はワガママで、彼を困らせてしまう悪い事だと思ってたから。 彼に嫌われるのが怖かったから。 柊吾たちに出会って俺は変わった。 皆が俺を大切にしてくれたから、自分の価値に気づけたし、自分の事を好きになれた。 自分の気持ちを優先してもいいんだって知る事ができた。 自分の事を大事にしようと思うようになった。 「環生(たまき)、まさかソイツ…」 画面を見つめたままの俺の様子で察した柊吾。 「うん…元彼」 俺の言葉に、柊吾の表情が曇った。 「会うのか?」 「会わないよ。もう関係ない人だから」 俺が呟くと、柊吾は俺の肩をぎゅっと抱いた。 「大丈夫、もう泣かないよ」 ありがと…と、頬にキスをすると、抱え込まれるように抱き寄せられてあちこちにキスされた。 柊吾の目の前で『話す事なんてないから、もう2度と連絡しないで』と返信して、連絡先やメッセージ、画像が入っていたフォルダ…彼に関わる物は全て消去した。 何だか呆気ない気がした。 あんなに長い間一緒にいたのに、繋がりや思い出なんて指先一つで簡単に消せてしまう。 俺たちの関係って何だったんだろう…。 解放感と喪失感。 気分はスッキリしたはずなのに、何故か胸にぽっかり穴が空いたような不思議な気分。 「柊吾…もっとキスして…」 俺は柊吾にぎゅっと抱きついた…。

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