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第3章 第8話
一緒にシャワーを浴びた明け方。
裸のまま添い寝をして幸せな気持ちでいる時だった。
「環生 、俺と一緒に東京に来ない?」
「え…?」
驚いて悟 を見ると、真剣な表情で俺を見つめていた。
「俺は環生が好きだよ。恋人として俺についてきて欲しい。遠距離もいいけど、できれば俺の側にいて欲しいんだ」
突然の告白に頭が真っ白になった。
「ちょ、ちょっと待って。どうしていきなり恋人なんて…」
「いきなりじゃないよ。食事の時、立候補していいか聞いたつもりだったけど、聞いてなかった?」
昨日のダイニングバーで恋の話をしていた時の事。
『俺が立候補しようかな』って言った悟の甘い眼差しを思い出した。
あれは本心だったんだ…。
ど、どうしよう…!
『付き合って欲しい』とか、『恋人になろう』とか、正式な告白じゃなかったから、言葉遊びみたいな感じだと思ってた。
今夜の事は完全に遊びだと思い込んでいた。
俺は好きだった人と記念にセックスできればいいかな…くらいの気持ちだった。
慌てる俺の様子を見た悟は少し切ない表情をした。
「ごめん…何か温度差があるね」
温度差の原因は2人にあった。
悟はきちんと気持ちを伝えきらないまま俺を抱いた。
俺もちゃんと確認しないまま悟に抱かれた。
その中途半端さがすれ違いの原因だった。
でも、まさか悟に好かれてるなんて思ってなかったし、『今夜の事はお互いに遊び』って思ってたから『遊びなの?本気なの?』って聞く気にもならなかった。
最初から全然噛み合ってなかった事が可笑しかった。
それと、本気で俺を抱いてくれた悟に申し訳ない気持ちになった。
俺が遊ばれるつもりだったのに、実際は俺が遊んでしまう形になってしまったから…。
「大切な事をちゃんと最後まで伝えないまま抱いてごめん…。でも、これは本当の気持ち。俺は環生が好きだよ。だから俺についてきて欲しい。今のやりがいのある仕事をする俺を側で支えて欲しい」
悟は改めて俺に想いを伝えてくれた。
真っ直ぐな想い…。
憧れていた悟からの告白。
夢みたいな現実。
幸せへの第一歩…。
「ごめんね…俺は行けない」
「…どうして?」
悟は悲しそうな顔で俺を見た。
「俺も悟の事は好きだよ。悟の気持ちはすごく嬉しい。悟といたらきっと毎日幸せだと思う。でも俺…変人博物館の展示品みたいなあの人たちの世話をするのが大好きなんだ」
悟の告白は素直に嬉しかった。
でも、俺の脳裏に3人の顔が浮かんだ。
口下手で言いたい事も上手く言えない秀臣 さん。
淋しいって言わないけど、本当は孤独を抱えてる麻斗 さん。
かまって欲しくて意地悪ばっかり言ってくる子供みたいな柊吾 。
あんなに面倒くさくて手がかかる人たち。
俺がいなかったら3人はどうなるの…。
言葉には出さないけど深い愛情で包み込んでくれる秀臣さん。
いつだって俺の味方でいてくれる優しい麻斗さん。
何だかんだで俺を一番理解してくれる柊吾。
こんなにワガママで泣き虫な俺。
3人がいなかったら、俺はどうなるんだろう…。
悟に選ばれた喜びよりも、3人と離れたくない気持ちの方が強かった。
3人がいない生活が想像できないほど、4人での生活が当たり前になっていた。
それほどまでに3人は俺にとって大きな存在だった。
「環生の前で格好をつけすぎたな。あれこれ計算せずに、もっと本当の自分をさらけ出して環生に好きだと伝えればよかった」
切なそうに笑った悟が愛おしそうに俺の頬を撫でた。
「俺もだよ…。初めて悟に恋をした時、嫌われるのが怖かった。俺なんて相手してもらえる訳ないって最初から決めつけて、勝手に失恋してた…。もっとエッチな誘惑してでも、悟に好きって言えばよかった」
俺もそっと悟の頰を撫でた。
「お互い意気地なしだね」
「うん…もしかしたら俺たち、似た者同士だったのかも」
俺たちは顔を見合わせてふふっと笑った。
お互いに気持ちがあっても、タイミングや条件が合わないと簡単にすれ違う。
一瞬繋がりそうだった小指の赤い糸も、結局は繋がらなかった。
もし、恋人と別れてひとりぼっちの時に悟と再会していたら、悟の想いを受け入れて東京へ行っていたかも知れない。
…でも、今は違う。
俺は3人に出会ってしまった。
俺はあの3人を放り出して東京へ行く勇気はなかったし、悟も転勤するつもりはなさそう。
どちらも相手のために自分のやりたい事を譲る事ができなかった。
どっちも悪くない。
ただ…進む道が違った、それだけの事。
「ありがとう、悟」
「俺もありがとう、環生」
朝8時にホテルを出る事に決めた俺たちはぎゅっと抱きしめ合って眠りについた。
ほんの数時間だけ、甘い恋人気分を味わいながら…。
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