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第3章 第10話
「はぁ…どうしよう…」
マンションに着いた俺は、エントランスのオートロックの前でため息をついた。
泣きながら朝帰りなんてしたら、皆に心配をかけてしまう。
でも、なかなか涙が止まらないし、『同期との飲み会楽しかったよ』って笑う自信もない。
皆で一緒に食べる朝ご飯の時間は気になるけど、もう少し気持ちが落ち着くまで散歩をしてから帰ろう…。
涙を拭いながらマンションの外に出ると、そこには柊吾 が立っていた。
「しゅ、柊吾…どうして?」
驚きすぎて涙が引っ込んだ。
だって柊吾は俺がこの家に来てから今まで、一度も家から出た事がなかったから。
「天気がいいから散歩だ」
柊吾はそう言ったけど、いつ雨が降ってもおかしくなさそうな清々しさのカケラもない空模様。
どう考えたって嘘だった。
「もしかして…待っててくれたの?」
「朝メシのクリームパン買いに行ってただけだ」
ん…と、柊吾が突き出したビニール袋は、俺が好きな商店街のクリームパン専門店のものだった。
中をのぞくとプレーンが3つと、チョコとイチゴ、抹茶、それと期間限定のマンゴー味とヨーグルト味のクリームパンが入っていた。
前に『今度は何味にしようかな…。期間限定のマンゴーもいいけど、定番のチョコや抹茶も捨てがたいなぁ』ってつぶやいてたから、全部買ってきてくれたのかも。
「嬉しいけど…5個も食べられないよ…」
「別に明日食えばいいだろ」
柊吾は俺の手をつかんでエレベーターに乗せた。
「また泣くような事あったのかよ」
お前忙しいな…と、頭を優しく抱き寄せられる。
悲しい事があると、当たり前のように与えられる柊吾の温もり。
止まったはずの涙が頰を伝った。
ズズッと鼻水をすすると頭をポンポンされた。
「クリームパンが嬉しくて…泣けてきちゃった」
「何だよそれ。もっとバレない嘘つけよ」
柊吾は俺の鼻の頭をギュッとつまんだ。
「おかえり、環生 」
玄関を開けると秀臣 さんが声をかけてくれた。
「おかえり、環生。一緒に朝ご飯食べよう」
仕事から帰っていた麻斗 さんも微笑んでくれた。
2人も俺を心配して玄関で待っていてくれたんだ…。
温かい気持ちで胸がいっぱいになった。
俺にも帰る場所がある事が嬉しくて、秀臣さんの胸に飛び込んだ。
「ただいま、秀臣さん」
秀臣さんの胸に頬ずりをして帰ってきた事を実感していると、麻斗さんが俺の手に触れた。
「環生…俺も待ってたよ」
そう言って淋しがるから麻斗さんにも抱きついた。
「ただいま、麻斗さん」
「俺だって待ってた」
柊吾もふてくされた顔をするから、今度は柊吾に。
体が一つしかないから忙しい。
「ただいま、柊吾」
「おかえり、環生 」
柊吾はぎゅうっと俺を抱きしめてくれた。
朝ご飯を食べながら、3人の暴露大会に耳を傾ける。
いつもは1個しか食べないけど、今日はチョコ味とマンゴー味を食べながら。
俺の『泊まります』LINEを見てから、秀臣さんが窓の外を、柊吾がスマホを気にしていた事。
麻斗さんはいつもよりだいぶ早く帰ってきた事。
夜明けあたりからソワソワし始めた柊吾が散歩に行くと言って、近所中をあちこちうろついていた事。
麻斗さんに促されてグループLINEを見たら、秀臣さんは『家の事は気にしなくていい。ゆっくり楽しんでこればいい』ってメッセージをくれていた。
麻斗さんは『たくさん楽しんだら気をつけて帰っておいで』だった。
柊吾は『待ってる』の一言だけだったけど、気持ちが4文字に凝縮されている気がした。
「皆…ありがとう」
俺を待っていてくれて。
俺、帰ってきてよかった…そう思った。
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