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第3章 第12話side.柊吾

〜side.柊吾(しゅうご)〜 「…柊吾ってさ、『運命の赤い糸』って信じる?」 真剣な顔をした環生(たまき)が聞いた。 昨日の夜、いきなり『帰りが遅くなるから泊まる』って連絡を寄越した環生。 男だ。 瞬間的にそう思った。 同期と飲んでるっぽかったけど、本当かどうかもわからない。 酔っ払ってナンパでもされて、そいつにホイホイついていくのかも知れない。 もしかしたらあの元カレが何か言ってきたのか。 それとも何人かで飲んでいる同期のうちの誰か…、もしくは複数か…。 夜中も環生が気になって何度も目が覚めた。 次の日の朝、やっと帰ってきた環生の瞳や鼻の頭は真っ赤だった。 また環生を泣かせた奴がいる…。 言いようのない怒りが込み上げてきたけど、環生の涙を止めて安心させてやるのが先だ。 そう思ってグッと堪えた。 秀臣(ひでおみ)麻斗(あさと)と一緒に朝メシを食ってる時の笑顔も、無理してクリームパンを2個も頬張る姿も痛々しかった。 交代すると言ったのに、環生は手早く家事を片付けてすぐに部屋に引っ込んだ。 どうせまた1人で泣くんだろう。 深刻そうな顔をしてたから、マズイ事でも考えているかも知れない…。 環生に部屋に来るように声をかけた。 淋しがりやの環生はすぐについてくると思ったけど、返ってきたのは拒絶の言葉。 俺の知らない奴の誘いには応じてヤル事ヤッてきたのに、俺の誘いには乗ってこない事が淋しかった。 俺自身が環生の事を心配している。 俺が環生の無事な姿を見て安心したい。 自分の気持ちを飾らずに伝えたら、ふすまが開いた。 環生は青白い顔をして、今にも消えてしまいそうに儚げだった。 どこかへ行ってしまうのが怖くて、布団に横たわる環生の手を握った。 「運命の赤い糸か…」 「そう、赤い糸」 環生は興味深そうに俺の返事を待っていた。 「…存在はしてるかも知れないけど俺は信じてない。俺は自分の相手は自分で選ぶ」 『運命』という形の見えない曖昧なものに、一生の相手を決められたくなかった。 もちろん生命の終わりもだ。 運命なんてあってたまるか。 俺の恋人があの若さであっけなく死ぬ事が決まってたなんて理不尽だ。 アイツが死ぬ理由なんてどこにもなかった。 俺たちの出逢いも、一緒に過ごした時間も、交わした想いも誰かに決められたものじゃない。 俺たち2人が育んだ2人だけのものだ。 そう信じていた。 「そっか…」 環生は少し切ない顔をした。 きっと環生は運命の赤い糸を信じてる。 もしくは、無理にでも信じようとしてるのか、存在にすがりたい気分なのか…。 「…運命の赤い糸、昨日の男とは繋がってなかったのかよ」 そう言って環生の華奢な小指を撫でた。 どうしてそれを…?と、言いたそうな顔をした環生。 俺の表情を見て察したらしい。 「うん…そうみたい」 悲しそうな小さな声でポツリと呟いた。

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